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 電車で一時間弱ゆれて着いたすすきのの街は、雪が降って白色で染まっていた。周りを見回す私のことを見て翔が私に気を配りながら聞いた。 「すすきのははじめて?」 「うん。実は自分の住んでいる町を離れたことがないの。」 彼の手の温もりを感じながらそういうと、翔は嬉しそうな顔をした。 「お昼、まだだよな?俺が奢るよ。」 「い、いや、私だってお金あるよ。」 センターから毎週お小遣いが出るから、ということは言わないことにした。 財布を取り出して使うところもなくたまったお金を見せても、彼は自分が奢ると意地を張った。 他のところでは私のことを普通の女の子扱いしてくれてるくせに、こんなところでは私に気を使ってくれることが申し訳ない一方嬉しかった。 とはいえ、やっぱり彼に奢ってもらえるばっかりのも悪い気がして、じゃ他は私が払うということでやっと妥協した。 なにがいい?と聞いてくる彼にできる限り負担をかけないよう、ハンバーガがいいなーと答えては彼の手を引き駅前のファストフード店に向かった。 ハンバーガなんて親が料理を全くしなかったせいで飽きるほど食べたけど、センターで住むことになった以来口にしなかったせいか、久々のハンバーガはとってもおいしかった。 私のより遥かに大きなサイズのハンバーガを食べる翔をみて、さすが男の子だね、と思った。 「翔、口元になんかついてるよ?」 「えっ、どこ?」 手を伸ばして彼の口元についたソースを拭いてくれると、彼の顔が少しだけ赤くなった。 感情が隠せずそのまま漏れ出してしまうのは彼の魅力的なポイントである。 無愛想で無表情の私とは違って、彼が見せる豊かな表情はまるで自分の感情を代わって表現してくれるようだった。 いつも無表情の私なんて、きっと可愛くない。昨日陽菜も化粧を教えてくれながら少し笑えって言ったのを思い出した。 結局寝る前にずっと鏡を見ながら笑ってみる練習をしたけど、私の笑みなんてまるで間違って作られた石像のように不自然だった。 私は笑う方法を失ってしまったのかな。そんなことまで思えた。ふと、彼なら私の笑顔を取り戻してくれるかも知れない、と実に勝手な想像が頭をよぎった。 「じゃ、行こうか。」 翔がごみをトレイの中にかき集めながらいった。うん、と頷き立ち上がると、ごみを捨てて戻ってきた翔が私の手を握ってくれた。外はかなり寒い天気だったけれども、手袋なんてなくても私の手はいつよりも暖かかった。 はじめて来店した楽器屋は、不思議なものばかりで私は別世界に翔の案内を受け訪れたお客さんみたいだった。 翔は常連なのか、店主らしき人と挨拶をして私の手を掴んでギターコーナーに足を運んで弦をじっくりと見つめた。 「ギターの弦って、取替えが必要なんだ。」 新たに知ったことに感心した。悩みの挙句少し値段の高めの弦を選んだ彼は私に顔を向けて質問を投げた。 「お前はなんか楽器とかできることある?」 「えっと…小学生の時のリコーダーぐらいなら?」 「リコーダーか、懐かしいな。ここにも売るかな。」 翔は昔のことを思い浮かべるように店を歩き回りながらいろいろ探したが、やっぱりというか、当然というべきなんだろうかリコーダーは取り扱ってなかった。 「あ、やっぱないか。残念だな」 「そりゃ、ないでしょ?」 本当にもの惜しそうにいう彼の姿に笑いが止まらなかった。 私が笑うと翔は頭を掻き、ピアノを見つけては椅子に腰掛けた。そして深呼吸を一回しては軽やかなジャズ音楽を奏でた。 ところどころミスもあったけれど、私から見ればそれもすごくかっこよく見えた。 「翔。ピアノもできるの?」 「少しだけね。ギターを始めてすぐやめてしまったけどね」 彼は照れ隠しに笑った。 「あなたは知れば知るほど本当上手なことが多いね。私なんて何にもできないのに。いいなぁ」 何の気なしに率直な感想を述べたが、私はその瞬間彼の顔から見てはいけないものを見てしまった気がした。 一瞬、ほんの一瞬だけど翔の顔が固まってはまたいつもの優しい顔に戻った。私、なんか言い間違ってたのかな?彼もそんな顔をするんだ、と彼の気色を探った。 そんな私の様子に気がついたのか、彼はわざとらしい普段より優しい声で話題を逸らした。 「菫。あれ見て。ストラップとかも売ってる。」 彼が指差したところにはかわいらしいストラップがいっぱいだった。 「一つ、買ってあげようか。」 彼がギター音符のかたちをしたストラップを一つ取り出して指でぐるぐる回しながら聞いた。 「い、いや。大丈夫。ご飯も奢ってもらったのに、そんなわけにはいかないよ。」 両手を振りながらおもいっきり断ってみても彼はストラップを二つ取り出してギターの弦と一緒にカウンターの上に乗せた。 「俺の曲、歌ってくれるって言っただろう。その恩返し。」 「ええ、でも私、昨日だってちゃんと歌えてないんだもの…」 いいよいいよ、と彼は勝手に会計を済まして私にストラップを渡した。私は鞄にストラップをつけてはありがとう、と彼に言った。 「俺もギターのケースにつけないと。」 彼と同じストラップをつけるということだけでとても嬉しかった。私みたいな傷だらけの人も、こんなに簡単に幸せになれるんだっけ。そう思った。
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