第一章『ウィーンの夜と運命の契約』

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第一章『ウィーンの夜と運命の契約』

 芸術と憧れで着飾れた町、ウィーン。そんな街も夜の顔を見せガス灯と星がコンサートへ向かう人々を照らし、僕もその明かりに負けない笑顔を振りまいている……はずだった。  こんな予定じゃなかった。僕はウィーンっ子特製菓子の甘い香りと、今をときめく彼の音楽をめいいっぱい堪能するはずだったのに。今の僕は何処からどう見ても忌々しいニンニクの香りを擦り付けられ、死にものぐるいで逃げるはめになったダサい吸血鬼だ。  関係のない人々を巻き込まないよう気をつけながらも、走って進んでいく。変身するほどの気力は残っていなかった。  三人ほどの男達がニンニクだの十字架だのを手当り次第に投げたり見せたりしてくる。全くもって美しくない。あんな奴らによくこの街へいる許可が下ろされたものだ。  3人の内の筋肉バカがその辺にあった樽を僕めがけてめいいっぱい投げ飛ばす。流石にそんな力任せな技が聞く相手だと思わないことだね。  マントを翻しサッと右へかわす。仕返しに僕も樽を彼らに投げる。僕の樽は綺麗に婉曲を描き彼らに直撃したが、奴らが寄越した樽は通りかかった女性へと標的を変えた。咄嗟に力を振り絞っての高速移動は女性を避難させるほどの力は無かった。  ゴッと鈍い音が背を叩く。中身が入っていたらしく想像よりも痛みを伴い、体のほんの一部を灰にした。彼女は目の前に起きた出来事が理解出来ていない表情を浮かべていたが、転がっていく樽を見て慌ててお辞儀をする。可愛らしい人だ。 「あ……ありがとう……」 「いえいえ」  立ち上がろうとするとヨロリと膝が崩れ、女性はそっと繊細な手で僕を支えてくれた。その際に彼女の手についたのが血ではなく、少量の灰だったことに違和感を覚えたのか指を擦って確認し始めた。暗い夜が何とか正体を包み隠してくれるものの、一般人にバレてしまえば更に大事になってしまう。 「ありがとうございます。その美しさは女神様とお見受けします。私に、貴方の御加護があらんことを」  そっと手に口付けを落とし、揺らいだ彼女にチャームをかける。これは僕の得意分野だ。本来なら吸血させて貰いたかったが男達がそろそろ気を取り戻してしまう。 「君は何も気づかなかった。何の疑問も持たず、騒ぎもせず君の目的地へ向かいなさい」 「はい……ピオル様……」  フラフラと女性は消えていった。それと同時に男達との鬼ごっこが再開してしまう。
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