9人が本棚に入れています
本棚に追加
狭い路地への道を見つけもがくようにそこを踏み抜く。本当に狭く、僕のように細身でなければつっかえてしまうだろう。
案の定筋肉自慢の奴が道につかえて奴らは立ち往生していた。
「待つんだな吸血鬼!」
「ベートーヴェン様の血を吸おうとは何事ですか!」
「出てこい! お前の塵でケーキでも焼いてやるよ! 感謝しろ!」
あんな負け犬台詞がよく口からぽいぽい飛び出るものだ。これだから下等生物は。
余裕ぶって舌を見せつける。彼らは更に怒り踏ん張っていたが、そのせいで逆に収まりが良くなってしまった。
とはいえ、必死すぎる奴らの形相が僕への危害へと変わる前にどうにか逃げ出さなくては……
このまま城へ帰ることが叶えば、ひとまずは安全のはずだ。
本当は、彼の作品を聞きたかったんだけどな……
行き止まりになってはいるものの、放置されたツボ等を使って壁を乗り越える。
ここでなら吸血の一つや二つさせて貰えるだろう。美しい女性が通りかからないものだろうか……まあ今の状況下ならおっさんだって構わないが。
「お前早く抜けるんだな!」
「頑張ってんだよ!」
「ダメですね……ビクともしません」
向こうから間抜けな声が聞こえてくる。どうせ身動き取れないなら戻って奴らにチャームをかけてやろうか……ものすごく嫌だけど……
この後すぐに逃げられれば何とか事は収まるが、仮に他の奴を呼んできたことを考えると……
頭を抱えていると、何処かの家から聞き覚えのあるピアノの音が聞こえる。第一楽章から滑らかに始まったこの曲は月夜にあまりにも相応しく、柔らかながら僕の心を奮い立たせた。『月光』その曲は初めて僕が聞いた彼のピアノ曲。
やっぱり残りたい。現世にまで降りてきたのにこのまま逃げ帰るのは嫌だ。でも……
どうしたものかと唸っていると少し先の方にあるドアから、か細い手が手招いていた。罠かもしれないと警戒しながら近づく。僕がドア前まで来たのを見計らって僕が入れる程度に扉を開けて、顔を出す。
「お入り下さい」
その顔と声は、先程の女性のものだった。まだチャームが通じているのだろうか。
「吸血鬼どこなんだなー!」
「この塀を乗り越えたのでは!?」
「許さねえ! 許さねえ!」
考えている暇はない。ありがたくお邪魔させて貰うことにした。店の中なら吸血し放題だし。
ドアの隙間からスっと入り込んで、音が立たないように閉める。しばらくドアの外に耳を傾けていると三人衆が怒鳴りながら走り去っていく音が聞こえた。
最初のコメントを投稿しよう!