ソフィア、再び

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「とりあえずこれが子供用でこれが大人用……恰幅の良い方にはこれです」 「ふーむ。中々いい出来だ。さすがだね」 「流石も何もまだ会ってそんなにじゃないですか」 「良いじゃないか、僕は人を見る目があるから何となくわかるんだよ」  呆れるように笑うソフィアだが、口元や目からは嫌悪を感じさせない。チラリと透明な白い首筋が見える。そんな朗らかな彼女の後ろでは邪気を放つ吸血鬼が座っていた。そして隣には忌々しきマンフリードがコーヒーを啜っている。 「ピオルがあそこまでバカだったとは……」 「僕が持つ吸血鬼のイメージって皆狡猾で冷酷だったのですが、案外吸血鬼って」 「言っておくが、アイツだけだからな」  何やら悪口を言われているが、そんなものは無視だ無視。彼女らの会話に気まずそうにソフィアはコチラをちらりと見る。 「本当に大丈夫なんですか?」 「任せておいてよ! 服をたくさん売りたいんだろう?」 「そうですけど……」 「第一、何かしらの改革をする時は時代遅れの誰かが批判するもんだろう? 気にする方が負けさ」  僕とソフィアの会話に割って入っていくようにマンフリードが口を開く。いつでもソフィアと会話出来る癖に、普段からほとんど会話しないんだったら今ぐらい黙っていて欲しい。 「革命を起こそうとする人は大体その改革運営の副作用に押しつぶされてしまうもので、気をつけた方が良いと思います」 「やあ考古学者。随分な言い草だけど、僕は失敗しないよ」 「その根拠の無い自信、どこから湧いてくんだよ……」  ソフィアは黙って服を木箱の中へ詰めていく。僕もそれを手伝う。ソフィアの手は少し傷が付いていたが、それすら彼女の魅力に成り果てていた。じっと見とれていると蓋をするから手を退けるように言われてしまい引っ込める。 「とりあえずいくらか見繕ったモノを入れておきました。後はピオルさんのモノだけですね」  アマニータはギョッとして立ち上がる。 「お前、ピオルの分って……」 「アマニータわかってくれ、こうでもしないとベートーヴェンのコンサートになんて行けないんだ」 「確かにあの時、今のマンフリードみてえなダサい服持ってたもんなあ! 着る気か!? 止めとけ絶望的に似合わねえぞ!」 「仕方ないんだ!」 「あの、もしかして僕悪口言われてます?」 「三人とも落ち着いて下さい!確かに以前ピオルさんにはちょっと……まあ、少しアレな服をお渡ししましたが、採寸もしましたしちゃんと髪型に似合う服も用意しておきました」  絶望的にオブラートに包むセンスがないソフィアも良いな。その思いを隠すようにもみあげを人差し指でいじる。 「髪型は変える必要無いのかい?」 「ええ、鏡に映らない以上散髪はやりづらいですし……何か問題があるんですか?」 「いつもばあばが切ってくれてるから、正直吸血鬼っぽ過ぎないか不安なんだよね」 「ピオル、お前髪切って叔母さんにつつかれたら何て説明する気だよ。この前だってブチ切れられてただろ」  その言葉につい黙ってしまう。アマニータの言う通りリーパーより何よりお母様が一番の障害だ。結局あの後逃げるように部屋へ戻ったけれど、暫く顔を合わせたくない。 「ピオルさんのお母様……お厳しい方なんですか?」 「時代遅れなだけだよ。いつも勉強しろだのみっともないだの文句ばかり言ってくるんだ。とにかく服を持ってきておくれよ」 「大変なんですね……わかりました」 「お母様に上手く言いくるめできないかなあ……」 「無理だろ。叔母さん現世嫌いだし、叔父さんの方に留学だとか適当な理由にかこつけて逃げるでもしねえと叔母さん容赦しねえぞ」  大きくため息をつくアマニータをよそにソフィアは気まずそうに仕上がった服を取りに行く。僕は椅子に座って映らない鏡を覗きながらぼんやり言い訳を考えていた。  気まずさを含む静寂の中、何かを閃いたようにマンフリードが立ち上がる。拳を上げて僕へ勢いよく向けた。 「良かったら、ウチの大学に来ません!?」 「は?」  また発揮された突拍子も無い提案は、彼の眼差しと同じく純粋で子供らしいものだった。
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