物語は終わらない

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「ゆうすけ〜こんにちは〜体調は平気そう?」 「橘(たちばな)くん!元気だよ〜」 タッタっと小走りで駆け寄ってくる橘とハグを交わす。椅子から立った兄に橘の後ろから津々見(つづみ)がケーキ菓子の入った箱を渡す。 橘と津々見は俺の大学ではじめたバンドメンバーである(らしい)。 この2人は他の友人よりも特に熱心に見舞いに来てくれて、たびたびお土産やお花を持ってきてくれる。 今時の大学生のような彼らから親しい触れ合いを受けると、高校生の俺は本当に同い年なのだろうか?と少し不思議な感覚になる。 いつものようにベッドの横に座って橘は優しく話しかけてきた。 「ゆうすけ、今日はゆうすけが好きなシュークリーム買ってきたよ!大学の近くの店だから溶けないうちに早く食べて」 「え!シュークリーム!」 やっと食べ物を食べれるようになった俺はお見舞いの甘いお菓子を食べていい許可が最近出た。一日1個までという制限付きだが、味気ない病院の食事に飽き飽きしていてその条件は大変嬉しかった。 俺の嬉しそうな声に気づいた兄が「わかった」と近くに並べた皿を取り出しにかかる。津々見は兄と昔からの知り合いなので、少し気遣う素ぶりを見せたが兄に言われ、大人しくベッドに並ぶようにして橘の横へ座った。 「橘くん、津々見くんありがとう」 「別に構わない。やっと食べれるようになったんだろ?味わいながら食え」 「津々見、なにそのひどい言い方〜! ゆうすけの大好きなクリームたっぷりのシュークリームだから味わって食べてね!」 結局同じようなことを言っているのだが、それぞれの言い方に性格が表れていて面白い。 橘は俺とほぼ背丈が同じであるが、俺と違って若手アイドル系の可愛らしい顔をしている。少し長めの、後ろ姿では女の子に見えるような、マッシュの茶髪は彼の顔とよく似合っていて、ベースを弾いているというのもとてもぴったりだった。橘はいつも優しく明るく話しかけてくれて、ここにきた様々な大学の知り合いの中で一番に仲良くなった。 一方、津々見は可愛らしい橘と一転して、涼しげな目元をした男前だ。とてもクールな彼はいじめっ子なのか、俺をからかうような言い草をよくしてくる。しかし、見た目の寄せ付けないオーラとは反対にそのいたずらっ子な口ぶりが逆にフレンドリーさを感じて、彼もゆうすけにとっては関わりやすい人間だった。 津々見の長い指先がシュークリームを口に入れた。 見た目は全く違うのに、津々見の飄々とした雰囲気と長い指先はどこか兄のような面影を感じさせる。ドラム姿を少し見てみたいなとゆうすけは思っていた。 津々見もゆうすけのことをみていたのか、クリームをこぼさないようシュークリームを口いっぱいに頬張るゆうすけの姿を見て津々見は兄へ話しかける。 「ゆうすけ、和樹(かずき)さんの前だと特に子供っぽいですね」 「そうか?昔からこんなんだった気がするけど」 「いや、ゆうすけはなんていうか…」 「少し遠くを見てた感じがするよね」 橘はフォローしたのか津々見を遮ったのか、そう答えた。 津々見はなにを思ったのかわからないが橘の言葉は否定せずそのまま黙った。 俺は急に2人のトーンが落ちたことには気づいたがそれが何のことか分からず、「大学生の彼ら」をじっと見つめた。 また俺の知らない話だ。 彼らの前には透明な壁のようなものが存在している。彼らはその壁を通して俺に何かを見ているが、俺にはその壁から見える景色は何も変わらず障害物としての壁でしかなかった。 何か話し込むように声のトーンが下がった。 俺も話を聞きたいが透明な壁が邪魔をして壁の向こう側へ入ることはできない。 俺は話には結局入らず空を見つめた。 とても仲が良かったらしい俺と橘と津々見は毎週馴染みのスタジオでバンド練習をしていたという。ライブも何度か行い、SNSのフォロワーやファンもそこそこいたらしい。 順調であった中、俺が突然いなくなったのを機にバンドは解散した。誰も知らない謎の空白の期間が俺にはあり、その期間への終止符を打ったのが俺の自殺未遂だった。 俺はその話をとても違和感に思った。 なんであそこまでしてやりたかったバンドを途中で放り捨て、不良であった兄とは違って優等生として生きてきた俺が大学へ行かずどこかを彷徨い、挙げ句の果てに自殺未遂をしたのか。 きっと22歳の俺には自殺に追い込まれるまでの辛い出来事があったんだろうけど、俺は何一つ思い出すことができない。 『きっと辛かったんだろう、思い出さなくていい』 周りの人間たちは皆、何も思い出せない俺に向かって必ずそう言うのであった。 「ねえ、ゆうすけ次は何が食べたい?」 話がいつのまにか終わったのか、橘が俺の顔を見ながらニコニコと話しかけきた。 「うーん、次はドーナツがいいなぁ」 ぽっかりと空いた穴を思い出してそう言った。
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