リハビリ

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あれから4日。俺は毎日、柴田先生のもとで訓練(リハビリ)を行なっていた。 柴田先生は医者というよりは体育の先生ような熱血さがあった。 俺が弱音を吐くとすぐ怒るし、メニューがいつもハードスケジュールすぎる。 俺は周りに嫌われたくないという八方美人な性格であるため、初めは大人しく言うことを聞いていたが、あまりの横柄さと辛すぎる内容に耐えきれず文句を一つ言ってしまったことから、柴田先生が何か言うごとに反抗するようになってしまった。 「ほら、まっすぐ歩け。足先をゆっくりつけるようにして、あまり腕の力を使うな」 「〜っ、やってますよっ!柴田先生だってこの体でやったら同じようになるよ!」 「口に意識を持っていくなら足を意識しろ。それだから同じようなことを何度も言われるんだ。集中しろ、ゆうすけ」 抵抗しても柴田先生の方が賢くて全部うまくねじ伏せられてしまう。 冷静に説き伏せる柴田に抵抗する気を失った俺は、額に汗をかきながら黙って足を動かすことに集中した。 1mぐらいの手すりの終着点に着くと、補助の看護師が俺を支えにくる。その人たちに身を支えてもらいながらゆうすけはゆっくり椅子に座らされた。 まだ4日目なのに体はめちゃくちゃクタクタだ。足が使えないのもあって変なところが筋肉痛で辛い。 これは本当に病人へする内容か。 口をすぼめながら、ゆうすけは水をこくんこくんと飲む。 柴田も休憩なのか、壁に立てていたミネラルウォーターを取りに行き、その場で一飲みした。元の場所に戻すとまたさっさとこちらに帰ってくる。 「5分間休憩だ。40分になったらまた再開だから」 「え!5分間?!10分間はちょうだいよ先生!」 「お前にそんな悠長に割ける時間はないだろ。俺には次の患者もいるから時間はおせないんだ。時間いっぱいやらないでどうする」 それでも…とまだ時間交渉をしようとすると、また有無を言わさぬ睨みをされて俺は押し黙ってしまった。 柴田はあんなスパルタ教師なところがあるのになぜか患者からは人気だった。実際ゆうすけの次の患者がいるのは本当で、ほぼ一日中たくさんの患者とリハビリに向き合っている。 大きい病院であるから、他にもリハビリの担当医がいるはずなのに彼を指名する人間も結構いるらしい。 このリハビリの部屋も実は5人ほど患者を収容できる広さがある。 俺が担当変わってほしいよ、と内心投げていると奥の扉が開き、車椅子を押されてちょうど誰かが入ってきた。練習を始めて、初めて誰かと居合わせることになる。 俺が誰が入ってきたのかと扉の方へ意識を持っていことすると、柴田が先に俺の目線を経った。 背中を向けた柴田が俺の前に立ちはだかる。 「え、ちょっ、なに」 「お前はほかの患者にかまけている暇ないだろ。お前の性格上ほかのことに気が逸れると、やっていることに集中できなくなる。今は自分のことだけ考えろ」 少し早口でそうまくし立てられる。 柴田を挟んで奥の方でカタカタと練習を始める準備をする音が聞こえた。 「そういえば、今度の金曜、お前に緒方先生の診察が入ったらしいぞ」 「え!うそ!」 柴田を挟んだ見えない人物たちへの関心がどこかに飛んでいく。 飛び上がるように体を揺らした俺に柴田は少し白けた目を向ける。 「お前、俺にはそんな嬉しそうな反応しねえじゃねえか」 「それは柴田先生が俺に対して扱いがひどいから!」 「は?俺の本気はまだ出していないんだが?」 右の眉尻をピクリとあげられる。 それは安易にさらに今後厳しくしていくと脅されたようだった。 毎日付き合ったことで柴田の思考が読めるようになってしまった俺はサッと顔の血の気が去っていく。 「あ、あー、先生お忙しいんですよね?じゃ、じゃあ早くリハビリしなきゃー」 「お?ゆうすけやる気を出したかー、感心だなぁ」 柴田は悪魔の笑みでそう微笑む。 結局その場しのぎのご機嫌とりはさほど効果はなく、柴田はみっちり俺に指導を施した。 出ていった陰を確認して椅子に座った柔らかい茶髪の男はゆっくり口角を上げる。 それに気づいたリハビリの助手をする看護師が話しかけてくる。 「まつりさん、何かいいことがありました?」 「あ、いいえ。ただ歩けるようになった姿を想像したら嬉しくなってしまって」 看護師の顔を見て、そう整えて微笑む。 美しい顔に看護師は少し頰を染めた。 「そうですね、早く歩けるようになりましょうね!」 「はい、本当に…」 男は閉じてしまった扉をしばらく見つめていた。
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