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ゆうすけは翌週、バンド練習の1時間前にサツキの元へ訪れた。 サツキにメッセージを送ればすぐ返信が返ってきて、会う約束が取り付けられたのだ 。 待ち合わせのコーヒーショップへ入る。何席か座席のあるその店でサツキは窓際のテーブルに整った顔に頬杖をついて外を眺めていた。 「サツキ、お待たせ」 「あ、ゆうすけ。久しぶり」 こちらに気づいたサツキがフワリと微笑む。 (こりゃ、女の子はイチコロだわ) 男でもドキッとする笑顔に複雑な気持ちになりながらイスに座った。 「サツキ、バンド戻らない?」 「えー?ヤダ」 いつも適当にいいよと返事をするサツキが珍しくはっきり意思を告げた。 驚いて目を丸くしているとサツキは話し出す。 「だって俺のことみんな嫌いみたいだし、俺そんな中でやるの嫌だもん。俺がいない方が皆いいって思ってるんでしょ?それならもうよくない?」 「そ、そんなこと…」 ある。大いにある。 実際サツキのいないバンド練習はめちゃくちゃ上手くいった。 サツキがいるといつもギスついた空気が漂い、サツキの一言一句に変なピリついたオーラがメンバーから感じる。 バンドのメンバー仲を現状考えるとサツキの言うことは正しかった。 しかし、現状は現状だ。 「俺はサツキに戻ってきてほしいし、バンドも今後あのメンバーでやっていきたい」 仲直りできるのならそれに越したことはない。 タチバナの軽やかなベースにツヅミのリズミカルにとどろくドラム、そしてサツキの圧倒的迫力あるギター。最高のメンバーを集めたのだ。 メンバー1人いなくなるのはゆうすけにはあまりに惜しすぎた。 サツキは少し拗ねた顔をする。 「ゆうすけの考えてることはなんとなくわかるけど。俺、あいつらの演奏聴くのもやだよ。なんだ、あの媚び売りな演奏。ほんと気持ち悪い」 媚び売りな演奏?初めてきくサツキの本音に理解ができなくてはてなを浮かべる。 サツキはゆうすけが気づいていないと悟り、げんなりと愚痴をこぼす。 「ゆうすけは気づいてないかもだけど、 ドラムとベース。あいつらゆうすけに気に入られたくて様子を伺ったパフォーマンスしかしてないよ」 「は?まあ、俺のペースに合わせてはもらってると思うけど…」 「それだよそれ。『ゆうすけ、見てるよアピール』ほんとウザい。ゆうすけに媚び売ったって仕方ないのにね」 そういって、サツキは手元にあったコーヒーを口に持っていく。 2人は俺の呼吸やタイミングにバッチリと合わせてくる、確かに俺を中心とした演奏だった。サツキがその雰囲気での演奏をしづらかったのを気づかずにいた自分に申し訳なくなる。 しゅんとして項垂れるゆうすけの頭に、サツキが手を置いて、よしよしと撫でた。 「ゆうすけが悪いって言いたいんじゃないの。あいつらとは音楽の相性が合わなかった。そゆことでいいよ」 ね?と撫でていた手がそのまま降りてきて、ゆうすけの耳にかかった髪をかきあげた。 「でも、俺やっぱりサツキに戻ってきてほしいよ。俺の演奏じゃ無理。サツキにしかできないんだよ」 「俺もゆうすけの歌、めちゃくちゃ好き。ゆうすけの歌声ならハグもキスもできるよ」 「ハハッ、何言ってんの、サツキ」 唐突にでてきた、サツキの音楽バカのような変な表現に笑ってしまう。その様子にサツキは「本気で言ってるの〜」とゆうすけのほっぺを引っ張ったが、肝心のゆうすけは堪えられなくてそのまま笑い続けた。 お腹を抑えて笑い転げた呼吸を正す。 「はあ、はあ…面白かった」 「ねえ、ゆうすけ」 「ん?なに」 「ゆうすけ俺のどこが好き?」 「…は?どゆこと」 真剣な顔つきのサツキの質問にびっくりしてしまう。 「………俺の演奏のどこが好きって聞いたの」 「あ、そゆこと!そっちね!」 「どこなの」 少し怒ったような声で急かされる。 「サツキだけしかだせないあのギターの音が好きだよ」 初めて聴いた時に戦慄した、サツキしか聞こえなくなる音。心拍数があがりドキドキで身体中が熱くなる。様々なギターを聞いてきた俺が心を掴まれるまで秒もかからなかった。 思わずその音を思い出して体の芯が熱くなる。 サツキはその答えに満足したのか上機嫌な表情に戻った。 そのまま端正な顔を前から近づけて耳元にうっとりと囁く。 「ねえ、ゆうすけ、やっぱり俺ら2人で組もうよ」 「サツキ…俺は」 「俺、バンドはやる気なくなっちゃったけど、ゆうすけと2人で音楽やるのは好きなの。ゆうすけだって嫌じゃないでしょ?」 「でも、ツヅミとタチバナがいるし」 「ゆうすけ、俺よりもツヅミとタチバナ選ぶの?」 「え、選ぶってなんだよ。俺はどちらも」 パシッ。 緊張で硬く握り込んでいた右手の手首を掴まれる。 いつも柔らかく糸目を引くサツキの瞳が、いまは一点を見つめていた。 「それはむりだよ」 初めてサツキが怖いと思った。
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