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「ゆうすけいらっしゃい、中入りなよ」
唐突な訪問者にも驚かず、玄関のドアを右手で開けて中に入れとサツキは指で合図した。
「ううん、入らなくてもいい。用件は一個だけだから。
サツキ、バンドに戻ってきてくれ」
呆れたようにサツキはため息をついた。一人暮らしのアパートの玄関にまできて話す内容ではない。
「家に来てまで、それ?俺そんな話したくない」
「さ、サツキが聞いたんじゃないか!サツキの演奏のどこが好きかって!俺はサツキの演奏がないとどんなメンバーがいても、俺の音楽は成り立たないと思ってる!」
「そのゆうすけの音楽っていうのは、俺以外のメンバーがいなくても成りたつんじゃない?」
その言葉にゆうすけの目が大きく見開いた。
残酷に笑んだサツキの顔がゆうすけの黒い眼子に映った。
「…まあどんな話であれ、とりあえず中入りなよ。俺も……色々話したいことあったんだ」
口端をあげてサツキはそう告げる。
ゆうすけは何か言いかけたが、結局言葉に出さず俯いたままサツキの玄関をくぐった。
「タチバナ」
制服に身を包んで配膳を片付けていたタチバナの前にはゆうすけがいた。
以前「カフェでバイトやってるから来てよ」とは言ったがこのタイミングで来るとは…。
「とりあえず席案内するから座って」
「うん」
ゆうすけはタチバナの後ろについていき、案内された2人用のテーブル席に座った。
タチバナは後ろポッケからペンとメモを取り出す。
「とりあえず何かお飲みになられますか?」
「じゃあレモンティーのホット1つ」
「かしこまりました」
スラスラとメモする。
その様子をゆうすけはじっと見ていた。書き終えてペンをしまうと、じっと見つめていたゆうすけと目が合った。
「先に注文通してくる。話はそのあとで聞くから」
「うん」
タチバナの申し出に素直に頷いて、テーブルに置いた自身の結んだ両手を眺める。バイトの邪魔をする気まではないらしい。
タチバナはそのまま厨房に向かい、レモンティーを手際よく用意して自らゆうすけに届けた。今日は空いていて少しの間油を売っても良さそうだ。
「レモンティー、ホットです。砂糖はいるよね」
「うん」
ゆうすけはあまり苦いものは得意でないから茶の味がしないレモンティーにも砂糖を入れる。角砂糖の入った容器を添え置いた。
「…やっぱりタチバナ覚えててくれたんだね。細かいことまで気づいてくれるタチバナに俺はたくさん助けられてたよ」
レモンティーに砂糖をいれて優しい手つきでゆうすけはカップに口をつける。穏やかそうなゆうすけに反してその言葉はタチバナをカッとさせた。
「何を今更!」
「タチバナ、俺バンドやめたくない。どんどんお前らとの音楽掴めていく感覚が楽しかったし、タチバナのベース、やっぱり聴けなくなると思うと寂しい。バンドやり直さないか?」
「ゆうすけ…」
あの後それぞれの主張が噛み合わないことで大喧嘩した3人は約2週間ほど疎遠になっていた。ゆうすけがタチバナをバンドに連れ戻しに来たのはその一言で明白だった。
「ゆうすけ、僕、ギターじゃダメ?ギターが主旋律弾くこと多いし、4本弦のベースじゃやっぱり表現力が…」
「ううん、タチバナの手はギターよりもベースの方が向いてる。タチバナの指さばきがベースを引き立てるんだ。
俺はタチバナのベースがいいんだ、お前がバンドにとって不可欠なんだよ」
タチバナの提案を押し切ってゆうすけははっきりと主張する。
『俺はタチバナのベースがいいんだ』
『お前がバンドにとって不可欠なんだよ』
久々にゆうすけから向けられたまっすぐな言葉だった。
ゆうすけが、僕を、見てる。
ゆうすけが自分を求める率直な言葉に、タチバナは鼓動を早くさせ熱く息を吐いた。
ツヅミは大きく振りかぶった。鈍い感覚がして何かが壁に派手に当たった音がする。
「てめぇ!ツヅミ覚えてろ!!」
ダダダと足をもたつたせながら不良3人はかけてゆく。
姿が見えなくなったのを確認すると、ツヅミは力が抜けて裏路地の壁へもたれるようにして座り崩れた。ふう、と息を吐くと、足音が聞こえてくる。
「ツヅミ」
ゆっくり顔をあげるとゆうすけが苦々しい表情で立っていた。
「いつからいた」
「路地にはいってくとこから」
ほぼ始めからか。ゆうすけに腕を引かれながらそう思った。ゆうすけの小さい肩に腕を回して歩き始める。
「喧嘩またはじめたの」
「さあ。今日はたまたまガンつけてきたから付き合ってやった」
「ツヅミ!」
ゆうすけは小さな声で制す。
ふっとこの状況に嘲笑うようにツヅミは声を出した。
「ゆうすけこそ何しにきたの。説教?」
「ツヅミ、バンドに戻ってきてくれ」
「…またそれ?俺はもう…」
「ツヅミの手は喧嘩するためにあるんじゃない。ドラムのためにあるんだ。」
「…兄ちゃんの影響?」
ゆうすけは頭をフルフルと振った。ゆうすけには兄がいるのだが、その兄は小さい頃からやっていたドラムを喧嘩で辞めた。兄はいわゆる不良というもので、不良グループに属する兄とツヅミはそこで繋がり、ゆうすけと出会った。イイ子ちゃんなゆうすけは不良についてあまり良い印象をもってはないが、ツヅミはそのおかげでゆうすけに出会えたからやっていてよかったと密かに思っている。
「俺はツヅミの激しいドラムが好きだ。こっちまで巻き込むようなリズムとか繊細なタッピングとか…。俺はツヅミの人を殴ってる姿よりドラム叩いてる姿の方が好きだ」
ゆうすけは自分の思っているありのままを告げる。ツヅミはまた小さく笑ったが、それは嘲笑ではなかった。
「ほんと、お前ってもの好きだよな」
「そんなことない!誰がきいてもツヅミのドラムは魅力的だよ!俺が保証する」
な、と肩を担ぐ顔の近いゆうすけが微笑む。
「ツヅミが俺には必要なんだ、戻ってきてくれないか?」
ゆうすけの兄と同じ境遇だったツヅミ。音楽の世界へ連れ戻した救世主はまだ、ここにいた。
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