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長い脚が軽やかな足音を立て、柔らかい髪を大きく揺らす。甘いマスクが笑みをこぼしていた。 いつものスタジオの奥から2つ目の部屋。 中ではベースが一音ずつ滑らかに音を立て、様々なテンポのドラムやシンバルの音が響いていた。完成されつつあるメロディー。 俺たちの大好きなあの歌声が加われば。 高くはないが甘くて柔らかい声を思い出して、胸を高鳴らした。 スマホの画面には数時間前に送信されたリーダーからの「いつものスタジオで待っていて」とのメッセージ。 一層極まって大きくなった楽器の音に、「お粗末なやつら」と呟いた。 初めから叶えるつもりのない約束に笑みをこぼすと、彼はスタジオの扉を大きく開けた。 大きく開いたドアに一斉に視線が突き刺さった。その瞬間、部屋中に溢れかえっていた音は一瞬にしてひっくり返り、絶望の海へとなぎ落とされた。 「大変だ!ゆうすけがいなくなった!」 ギターの音色が空間いっぱいに響きわたる。 ぐちゃぐちゃな音だった。不協和音でメロディーにもなっていない。その暴力的な音波に頭を強く打ち付けられ、おかしくなってしまいそうだった。 『彼の音色は魅力的だ』 そんなこと誰が言ったのだ。あれは狂ってる。自分勝手にネックを押さえつけては切りつけて壊すように弦を強く弾く。 アハハハハと高揚した笑い声が聞こえた。 聞いてもいられないようなぐちゃぐちゃな和音。体を殴るかのような暴力的な音圧。耳が痛くて痛くて仕方ない。 ついに" 雑音"に耐えきれなくなってしまったベースは悲鳴を鳴き散らかして弦をすべて弾き切らしてしまった。 同時に、ドラムセットが一斉になぎ倒され、ドラムスティックは真っ二つに飛び散った。強い衝撃音と共にフープやヘッドがバラバラに壊れて元どおりには戻せない。 ギターが演奏する音をやめた。 ツカツカと壊れた楽器を確認するように近付き歩き回る。ヒビの入ったドラムシェルのところでキュッと革靴が足を止めた。 革靴が乱暴にドラムシェルを押さえつけた。 固定するかのように足を食い込ませた途端、急に楽器が高く持ち上げられて、ギターのボディが空気を切って大きく振りかぶった。 いまいましい。 気味の悪い低い声はひどく激しい破壊音でかき消された。 きつく締め付けられた歌声はもうこの部屋に届くことはない。
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