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スタジオに到着するとゆうすけは慣れた手つきで会員証を店員に見せ、廊下をくぐり抜ける。 いつもバンド練習で使用している奥から2つ目の部屋。ドアを開けると、ツヅミとタチバナはチューニングを済ませ終わったのかパイプ椅子に座りながら休憩していた。 「あ、遅れてごめん。すぐ準備する」 ゆうすけは慌ててギターやマイクのセットをかかろうとする。しかし、その手をタチバナに掴まれ、制された。 「いいよ、先に話があるの。 ゆうすけさ、さっきまでどこ行ってたの」 疑問ではなく咎める言い方だった。 「え、どこも…」 「……」 いつもの優しい笑顔ではないタチバナ。 そのタチバナの表情にゆうすけは誤魔化しても無駄だと悟った。 「…サツキのところ行ってた」 「!!」 正直なゆうすけの言葉に、様子を見ていたツヅミも大きな音を立てて立ち上がる。タチバナはゆうすけの手首を握る力を強めた。 「なんで」 「サツキに戻ってきてほしくて…」 「いいじゃんあんなやつ!僕らがどんだけ振り回されてるか分かってる?!」 実際サツキの女関係の揉め事は多少なりともあったし、そのせいで何人か不仲になったバンドチームもいた。その関係であまり穏やかではなかったバンド内の雰囲気はさらに悪くなったこともあった。 「いっつもいつもサツキサツキって!あんな自分勝手、ゆうすけもほっとけばいいだろ!」 「タチバナ!」 ツヅミの制す声もタチバナは聞こえない。 「なんであいつなの!?僕らは名前で呼ばないのに、あいつだけ下の名前で呼ぶし!練習中だってずっとゆうすけはあいつに構いっきりじゃん!演奏も自分がしたいことばっかりで、サツキの好きなようにさせすぎ!!」 「そんなつもりは…。 でも、俺らメンバーじゃん!仲間同士のフォローも大切っていつもタチバナ…」 「僕はあんなやつ、仲間だと一度も思ったことない!!」 キーンッとタチバナの甲高い声が部屋に響き渡る。それとは対照的にゆうすけは静まり返ってしまった。 向けられた激しい感情に呆然とするゆうすけの腕へタチバナがすがりついた。 「ねえ、ゆうすけ、なんでサツキなの?俺じゃダメ?」 「タチバナ!おまえ!」 「ねえ、ゆうすけ。俺ベースだけじゃなくてギターも弾けるし、ゆうすけのサポート一番できる自信ある。俺のベースの指さばき好きって、ゆうすけ言ってくれたじゃん」 「タチバナ…?」 「ねえ、ゆうすけ俺にしてよ。もう我慢の限界なの」 「タチバナ!お前話が違えぞ!」 縋り付いていたタチバナの細い指をツヅミは引き剥がす。 タチバナは後ろによろめき、反対にツヅミは広い胸でゆうすけを背後から抱きとめた。ギッと睨みつけたタチバナなんて気にせず、頭一つ分高いツヅミがゆうすけの体を包み込んで頰横から囁く。 「ゆうすけ、俺を置いていかないよな? 辞めたドラムをもう一度やらせたのはお前なんだぜ?…責任とってくれるよな」 顔は笑っているのに、いつものようなからかう冗談ではない言葉。ツヅミの鋭い目が俺を覗き込んだ。 いつのまにか近づいていたタチバナも、食い入るように俺へ顔を寄せる。 「「なあ、ゆうすけ選んで」」 「俺はただ、バンドがしたい……」 そう思ってたんだ、ずっと。
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