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ほふくぜんしん
「久しいの、ばば」万年様のやさしげな声がした。
その声を合図に僕は跳んだ。
ふわりと着地した頭の上には、意外なほど近くに百日紅が枝葉を広げていた。
万年様がキッと振り返って僕を見た。
「挟み撃ちかお前たち、卑怯だぞ!」いや、なにも攻撃しようなどとは。
瞬間、その姿に僕は息を呑んだ。
神々しいばば様とはまた違った圧倒的な存在感。攻撃的な威圧感とはまったく違う重厚な凄み。釘付けになって動けない僕の代わりにおばば様が口を開いた。
「失礼をば、まだ若いもので礼儀を欠くことがあったらお許しください」
こっちへ、おばば様が目で示し、僕は恐るおそるおばば様の隣に向かって足を踏み出した。
「おまえ、なにをしておる?」万年様が首を傾げた。
「あ、いえ」
「普通に歩け」
「あ……頭が真っ白になってしまって」あまりの緊張に僕は歩き方を忘れた。
「歩けんのか? 右の前足、すぐさま右の後ろ足。左の前足、すぐさま左の後ろ足じゃ。尻尾は躊躇いなく真っ直ぐ立てろ」
「はい」
「前足だけではやがて腹ばいになることがわからんのか、匍匐前進する気かおまえ? 自衛隊に入りたいならここじゃないぞ……ばば」
「あ、はい」
「ひょっとして、おまえの子か」
「いえ、違います」
雲ひとつない空に、雀がチュンと鳴いた。
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