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おまえは誰だ
僕が初めてあいつを見たのはいつだったろう。パタリパタリと、くねらせた尾っぽでフローリングの床を叩きながら思い返す。
ああそうだ、原っぱに黄色いタンポポが咲き始めたころだ。あの頃はまだ冷たい風が吹いていたけど、今はもう暑いぐらいだ。
あの日の夜、涼音さんはほろ酔いで帰ってきた。
「チャトラぁん、たらいま。ほら、今夜はお客様よ」
涼音さんの頬はほんのりと赤く染まっていた。
「お、かわいい猫だね」そいつはしゃがみ込み、図々しくも僕の顔を覗き込んだ。
こら、許可もなく勝手にさわるんじゃない。僕は姿勢を低くして、耳を後ろに寝かせた。
「ごろごろぉ、ごろごろぉ」
勝手にオノマトペを付けるな。僕は喉なんて鳴らしてないぞ。こら、顔を寄せるな。それに足が臭いぞお前。
「もちろん、君ほどじゃないけどね」
男の肩越しにふふっと嬉しそうに涼音さんは笑い、そいつも笑った。
その瞬間、僕はこいつを危険人物に認定した。だって、笑いに合わせて口角は上がっていたけど、僕を見る目が全然笑ってなくて、真冬のタイルみたいにひんやりとしていたから。
頭を触るな! 僕がシャーッと言わないだけでもありがたく思え。僕がシャーッと牙をむいたが最後、お前は即死だ。
僕の食事を足して飲み水を入れ替えて、涼音さんは出て行った。行ってはいけないと訴えたのに声は届くことはなく、いい子にしてるのよ、と頭を撫でて出て行った。
その夜、涼音さんは帰ってこなかった。あんなことは初めてだった。僕は涙目で、涼音さんの部屋着をガブガブと噛んでブンブン振り回した。
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