第三話 火曜日のマザー(HEAVEN篇)

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 借り物のクロックスだが、ハイヒールよりも何倍も走りやすい。アスリート顔負けのスピードで家路を急ぐ。きっと、足元を見たらビックリされるだろう。  再びありすお母さんの家に帰宅。ドアチェーンはかかっていなかった。玄関の三和土(たたき)を見ると、お父さんの靴もあった。つまり帰宅している。気が重い。  ギュッと瞳を閉じて、三秒数える。 「ただいま。ごめん遅くなった」  リビングへ入ると、二人はダイニングテーブルで晩酌中だった。どうやら、ボクを心配して探す気はなかったらしい。 「ほら、ちゃんと帰ってきたでしょ」  ありすお母さんが肘で小突く。ボクは必至で走ってきたから、年不相応な化粧は崩れ、髪は乱れ、まだアルコールの匂いもした。 「何やってんだ、碧! そんな服、父ちゃん買った覚えないぞ」 「いや、一番に怒るポイントそこじゃないし……。人探ししてて遅くなった」  人探ししてて、アルコールに薬盛られて昏睡してました、なんて言えない。 「いいじゃない、碧ちゃんも無事に帰ってきたんだから。その辺の(やから)にやられるようなやわな鍛え方もしてないし」 「甘い甘い。だめだ、碧。世の中の男なんて汚いんだ。薬を盛られたらどうしようもないぞ」  げ、ますます、言えない。口が裂けても言えない。恥ずかしさと、まるで全て見透かされているかのような後ろめたさから、ボクはドラマでよく耳にするあのセリフを言ってしまった。 「関係ないでしょ! いつまでもコドモ扱いしないで!」  関係ないは、余計だったかな。親子関係だもんね。でも、もう後戻りできない。自分が悪いって百も承知だ。  子供が生意気言うんじゃない、って平手打ちされると想い、視線を外して身構えた。  でも、静かだ。恐る恐る視線をお父さんに戻す。お父さんと目が合った。 「子供じゃないから、心配なんだ!」  結局、平手打ちされた。でもそれだけだった。後は、いつも通りの日常に戻った。
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