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俺達はエマの所まで戻ると、なんとエマはテーブルに足を乗せたまま眠っていた。
「仕事だ、起きろ!」
ヴェーラは大声でそう言ったが、全く起きる気配はない。
この人は本当に仕事をサボっているだけなのではないか。
マックスに仕事を任せるくらいだから立場的にはエマの方が上なのかもしれない。
そして、その立場を利用して自分だけ楽をしているのか。
ゴゴォ、と時々いびきをかいていて、短く息が止まる瞬間も何度かある。
この人は睡眠時無呼吸症候群だろう。
たぶんこの人は酒をよく飲み、タバコもよく吸う。
それとローブの上からでは判断できないが、肥満体型の可能性もある。
酒、タバコ、肥満。
睡眠時に呼吸が一時的に止まる人は、必ずと言っていい程このどれかが当てはまる。
しかも、俯いた状態で寝ているせいか、口からヨダレを垂らして糸を引いている。
下品……この光景を見ると、誰でもそんな感想を抱いてしまうだろう。
ついにヴェーラは痺れを切らして、エマの肩を強くゆすった。
「酒を飲んでる場合じゃない、仕事だ」
「……ん?」
エマは目を覚ましたが、ヴェーラが言うにはどうやら酒を飲んでいたようだ。
確かに鼻をすすってみると、辺りが週末の終電の中のような湿気を帯びた不快な臭いが少しだけする。
それに、褐色肌でよく分からなかったが、よく見ると顔がいくらか赤く染まっている。
「魔法で酒の臭いを閉じ込めたつもりだろうが、バレバレだ」
「ちょっとくらぇ良いじゃん?」
目が少しトロンとしていて、呂律も怪しい。
ヴェーラはそんなエマを横目に、テーブルの上に置いていたコップを手に取った。
もしかして、俺達が部屋に入ってきたときに噴き出したこのコップの中身が酒だったのか。
「っていうか、私の飲みかけ返してよ! マジありえないんだけどー」
俺は心の中で「仕事中に酒を飲んでる人の方がありえない」と思ったが、実際に口に出すと何をされるか分からないので、やっぱり黙っておくことにした。
「エマ、これを」
マックスはそう言って、俺の検査中にメモしていた紙をエマに渡した。
エマは訝しげに紙に目を通すと、酔っ払いとは思えない鋭い目つきに変貌し、集中し始めた。
本当にさっきまで悪態をついていた人物と同じなのか。
ブツブツと独り言を言いながら紙を貪るように読んでいる。
すごい人格の変わり様だったが、ヴェーラとマックスが全く動じないところを見ると、普段からこんな人なのだろうか。
自分の興味のあることになると異常なほど集中できるけど、それ以外の事にはとことん無頓着でだらしない、という人がたまにいる。
きっとエマはそのタイプの人なのかもしれない。
「変態、ここに座って」
エマはそう言うと、テーブルに乗せている足を降ろして立ち上がり、自分が座っていた椅子を指さした。
俺は言われた通りに椅子に腰を下ろすと、エマは人差し指と親指の先をくっつけて円を作った。
そして、その円の間からブゥーンという音が鳴ったかと思うと、円の空間が薄く琥珀色に光り始めた。
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