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道なりにお洒落なお店が並ぶゆるやかな坂道を下る。
花屋の角を曲がると一面に広がる海。
ペダルを漕ぐことを止め、右手のブレーキを軽く握る。
花屋のおばさんがいつものように、
「あきちゃん、行ってらっしゃーい」
と手を振ってくれる。
坂を降りきる手前に新しく美容室が出来た。ちらっと見ながら僕は通り過ぎる。髪を無造作に束ねる横顔の綺麗な人がバタバタと動き回ってる。
白いシャツに華奢な身体。襟足からのぞく細い首。
一瞬で通り過ぎるその瞬間に、僕の胸はぎゅっと締め付けられる。
そして毎日僕は、シャッターを押すようにその人の姿を脳裏に焼きつけていた。
「おはよう」
教室のドアを開け、誰の返事をもらうわけでもない朝の挨拶をしながら教室に入る。
それに反応するように、何処からともなく「佐伯、おはよー」と返ってくる。僕の席は窓際の一番後ろ。その僕の机を抱え込むようにうなだれている奴がいた。
はぁぁ。また、なんかあったな。
奴はここんところの環境の変化で喜怒哀楽を存分に活用していた。まあ、幸せな喜怒哀楽なんだけどなぁ、僕から見ると。そんな抱え込んでいる奴を無視し、どかっと鞄を置く。
「痛っ」
「あっ、居たの?」
白々しく頭に鞄をのせる。
「聞いてくれ~あっちゃん」
「あっちゃん、言うな」
頭を擦りながら丁寧に僕の鞄を机の横に掛け、
「葵が……」と涙声で訴える。
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