レンタル彼女

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レンタル彼女

とある都市に「レンタル彼女」という商売をしている女が住んでいた。 「レンタル彼女」というのは、最近生まれた新たな派遣型接客(はけんがたせっきゃく)サービス業 の一種である。 またの名を恋人代行サービスといい、依頼客から指名され、その客の恋人役となり、デート相手をするのだ。 その女はとても美しく整った顔立ちをしており、男性客からの指名が絶えない。 まさにレンタル彼女界の女王的存在であった。 そして今日も、彼女の元へ一人の依頼人が訪ねて来た。 「どうぞ腰掛けて下さい」 女が依頼人に向かって椅子に座るよう促す。 相手の男はこういったものに依頼するのは初めてなのか、とても緊張している様子だった。 男は促されるままに椅子に座ると、出された水を一気に飲み干し、本題に入った。 「私には母が一人おりますが、現在入院しており、もう長くはありません。 母に対してろくな孝行もしてこなかった私ですが最後に何か一つしてやりたいのです。 そこで偶然見つけたのがこのレンタル彼女でした。 母はいつも私に「早く恋人を作って私を安心させておくれ」と言っております。 しかし中々私には彼女が出来ません。 そこでレンタル彼女である貴方に彼女のフリをして母に会ってもらい、安心させたいのです。 お金は幾らでもお支払い致します。 ですのでどうかご協力頂けないでしょうか」 男が真剣な表情で女に頭を下げる。 もちろん女に断る理由はなかった。 「もちろんご協力させて頂きます。 私はこの道のプロです。 どうか安心なさって下さい。御母様の望み、是非とも叶えましょう!」 こうして契約は成立、女は男の制限時間内での彼女となった。 男もホッと胸を撫で下ろし一安心。 2杯目の水を飲み干そうとしていたその時、ポケットに入っている携帯電話が大きく振動した。 男は女に断ってから通話ボタンを押す。 「もしもし、……はい、それは私の母ですが。 ………なんですって、容態が急変!? ……私に会いたがっている!? すぐに病院へ向かいます!」 そう言って電話を切ると、バタバタと用意をしながら女に向かって声をかけた。 「母の容態が急変したと病院から連絡が来ました。いよいよ、最期の時かもしれません。 貴方にも是非病院へ来てもらい、母の最期を看取ってもらいたいんです! 急な事で申し訳ありません!」 「いいえ、大丈夫です! 私はこの道のプロですから!」 女は依頼人の男を安心させるように頼もしく答えた。 男はコクリとうなづくとすぐにタクシーを捕まえ、レンタル彼女である女とともに病院へ急行した。 母がいる3階の病室。 そこにはもう沢山の親戚や医者、看護師。 また男の家族である父、姉がいた。 その沢山の人々の中心に母はおり、ベッドでチューブに繋がれ、苦しそうに横たわっていた。 「か、母さん!」 息子である依頼人の男はそう叫ぶと母のベッドに寄り添い、手を握る。 「あ、あんた、わざわざよく来てくれたねぇ。 この私の最期を看取りに来てくれたのかい?」 母は息子に対してニッコリと優しく語り掛けた。 「そんな最期だなんて弱気なことを言うな! 息子が母親の見舞いに来るのは当たり前じゃないか! それに、今日はを連れてきたんだ!」 そう言うと、息子は女を紹介する。 女は嘘をつくという罪悪感に胸の奥を痛ませながらも男の母に対して笑いかけた。 「初めまして。 付き合ってまだ1ヶ月ですが、息子さんの事は本当に愛しており、結婚を前提に真剣にお付き合いさせて頂いております」 これはさっき、タクシーの中で必死に二人で考えた設定だった。 しかしそんな事を母は知るはずもなく、満足げにうなづいた。 「……そうかい。 息子にもとうとう恋人ができたのかい。 そいつは良かった……。 これで何も悔いはないよ。 安心してあの世に行けるってものさ…」 そう呟くと母はゆっくりと目を閉じた。 その瞬間、繋がれていたチューブの先の装置が警報のような音で鳴り出す。 「これはまずい、しっかりしてください! おい、薬をもっと投与だ!」 医者が看護師に命令し、看護師は母の体に注射を打つなど、様々な蘇生術を試みた。 しかし、母の体はピクリとも動かない。 「お母さん!ねぇ!しっかりしてよ!」 「おい、しっかりしろ!お前!」 依頼人である男の姉と父も母に向かって必死に叫んでいる。 親戚の人々も例外ではない。 皆、母に向かって生きろ、頑張れ、と叫び続けた。 しかしやはり母はピクリとも動かなかった。 医者はフーっとため息をつくと天を見上げ、そして覚悟を決めたかのように一同の方は体を向けた。 「午後5時40分。ご臨終です」 医者のその残酷な一言に親戚、家族一同は泣き崩れた。 「母さん!」「お母さん!」「おい!お前!」 一同の悲痛な叫びが病室にこだまする。 レンタル彼女であり、赤の他人であるはずの女の目からも自然と涙が溢れた。 こんなにも沢山の人々に看取ってもらい、彼女も幸せだっただろう。 ひと段落して、男は女に依頼料を渡そうとする。 「ありがとう。 貴方のおかげで母も幸せだったでしょう。 本当に感謝しています」 しかし、女は首を横に振った。 「いえ、今回の依頼で私はただ彼女のフリをして立っていただけですわ。 何も貢献できてはいません。 なので今回の依頼料は頂けません。 そのお金はお母様の葬儀の為の費用に使って下さい。」 「い、いや、しかし……」 男は渋ってお金を渡そうとしたが、女が一向に受け取らないのを見るとやっと引っ込めた。 「…そうですか。 本当にありがとうございます。 貴方へのご恩は一生忘れません」 そう言って深々と男は女に対して頭を下げた。 そんな彼とその家族、親戚、そして医者と看護師に見送られながら女は病室を後にした。 …いい仕事をしたなぁと心の中で感じながら。 そして女が去った後の病室。 男は女が病室から出て行ったのを確認すると、 「はい!オッケーでーす!」 と大きな声で叫んだ。 それを合図にみんなそれまで真剣だった顔を崩し、笑顔でその場に座り込んだ。 「お疲れ様でしたーー!」 口々に皆そう言うとお互いの今日の演技について褒めあった。 「いやー!さすがはだ。 貴方の演技には本当に痺れました! あのご臨終です、と言う言い方。 本当にリアリティに溢れて最高です!」 男の父親役を担当していた「レンタル父親」の男が「レンタル医者」の男を誉めちぎる。 それ受けてレンタル医者は照れながら、彼も彼で 死んだ母親役の女を褒めちぎる。 「いやー!貴方も流石は「レンタル母親」です。 あの本当に死を感じさせる様な完璧な演技。 貴方以外の「レンタル母親」では到底真似できないでしょう」 「いやいや、そんな事ないですよー!」 首元についたチューブをベリベリと剥がしながら女は答える。 「この演技の成功もや、 などの方々がいなければなかった事ですよ!」 男はそう言ってレンタル業を営む彼等の演技力を褒めるのだった。 「私は今度新たな劇団を立ち上げようと思ってましてね。その演技指導員を募集していたんですよ! そして今回の成功で決めた! あのレンタル彼女界の女王を騙せるほどの演技力、間違いありません! 貴方達を正式に劇団の演技指導員に採用させて頂きます!」 こうしてレンタル業だらけの病室は笑いに包まれるのだった。
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