慈悲深い性格

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

慈悲深い性格

とある日の出来事。 自分の大のお気に入りであったプラモデルが帰宅すると壊れており、おれはリビングで息子と妻を問い詰めていた。 「プラモデルを壊したのは一体誰だ? 今申し出るのなら許そう。 言うなら今のうちだぞ?」 しかし、息子も妻も沈黙している。 どうやら犯人は名乗り出るつもりはないらしい。 「…誰も名乗り出ないのか。 それなら仕方がない。 わたしもこの手だけは使いたくなかったが……」 そういうと、おれはポケットから小さな装置を取り出した。 「これは発見器という装置だ。 その名の通り、嘘を感知すると大きな音が鳴る。 これでお前達が嘘をついているのか、それともいないのか今から調べさせてもらう」 そういうとおれは装置を起動させ、息子の方に向き直った。 「ではもう一度質問させてもらうぞ。 お前は本当にプラモデルを壊した犯人ではないんだな?」 「う、うん。 パパ、僕はプラモデルの事なんて全く知らなかったよ」 リリリーン! 装置がまるで鈴のような大きな音でけたたましくなり始めた。 息子の額からポタポタと汗が床に流れ落ちる。 「……装置が大きな音を鳴らしているぞ。 お前が嘘をついている証拠だ。 本当の事を言いなさい。 お前がプラモデルを壊したのか?」 おれはもう一度ゆっくりと息子へ尋ねた。 疑惑は確信へとおれの中で変わりつつあった。 「ご、ごめんなさい! 嘘をつきました…。 プラモデルを壊したのは僕です……」 息子は目からポタポタと涙をこぼしながら白状した。 「そうか…、お前だったか」 おれはそうゆっくりと静かに呟いた。 ここで肝心なのは決して息子に怒ったりしない事。 暴力での教育なんてそれこそもってのほかだ。 おれは自分でもいうのもなんだが器が大きく、懐の広い性格をしていると思う。 だからそのイメージをこんな些細な事で崩してはいけないのだ。 慈悲深く、すぐに許せる、そんな父親像を作っていかなければならないのだ。 しかし、そんなおれの思いと妻の思いは違っていたようだ。 息子を近くから見ていた母親が容赦なく叱る。 「嘘をつくような子にあなたを育てた覚えはないわ!反省しなさい!反省を!」 嘘を息子がついていたという事実に相当腹を立てたようだ。 いつもの息子を優しい母親とは思えぬ厳しい口調で彼女は息子を叱りつけた。 「うう……。 ごめんなさい…ごめんなさい」 息子は目を赤く腫らしながら謝り続けた。 あまりにも言い過ぎだろうとおれの目からは 見えたが、これも教育の一つだ。 息子に「嘘はいけない事」だとはっきり教え込んで置く必要がある。 おれはあえて何も言わず、息子の叱られている様子を見ていた。 「よく聞きなさい坊や! 人を悲しませるような嘘や隠し事は絶対にしてはいけないの!これは人として当たり前の事なのよ!」 …いつも息子を甘やかし放題な妻だが、叱るべき時にはちゃんと叱れるのだな。 うむ、いい母親してるじゃないか。 しかしおれの目指す父親像とはかけ離れているが。 そうおれが思ってる間にも説教は続く。 「本当に嘘をつくなんて本当に信じられないわ! 嘘や隠し事なんて最低の行為よ! もちろん私は家族に対して嘘や隠し事なんて一切した事はないわ! 大体あなたね……」 妻の熱のこもった説教が続いていたその時だった。 リリリーン! ……おいおい、嘘だろ。 この鈴が鳴ったかのような音。 間違いない。 嘘発見器が大きな音を出して鳴りだしたのだ。 どうやらさっき電源を切るのを忘れていたらしい。 しかし音が鳴ったのは事実。 妻何か嘘をついているという事を嘘発見器は示していた。 「…おい、一体どういう事なんだ」 嘘発見器が感知したのを見て青ざめた母親に対しておれは詰め寄った。 すると妻は観念したかのように俯く。 「ご、ごめんなさい。 私、実は前に一度浮気してた事があったの…」 「なんてヤツだ。 息子に対してあんなに強く叱りつけたくせに、自分も隠し事をしていたとは。 呆れるにもほどがある」 おれはフーッとため息をついた。 「一体何年前だ? 浮気をしていたのは」 「よ、四年前よ…」 妻はポツリと呟くように白状する。 父親はちらりと嘘発見器を見た。 音は鳴っていない。 どうやら真実のようだ。 「まあいい、四年前の事だ。 そんな昔の事をひきづっていてもしょうがない。 水に流そう」 おれはそういうと不安そうに服を掴んでくる息子の頭を撫でた。 おれはとても器が大きく懐が広い。 だからこれぐらいの事でいちいち怒ったりなどしないのだ。 ましてや暴力などもってのほか。 「あなた……。 本当にごめんなさい!」 「いや、俺のことはいい。 それよりも坊やに謝りなさい。 お前は母親としてあるまじき行為を犯したのだ。 息子にもちゃんと謝らなければな」 「坊や、本当にごめんなさい。 私、母親失格よね…」 「ううん、僕はママのことそんな風に一度も思ったことはないよ。 僕、世界一素敵なママだと思っているよ!」 息子は笑顔でそう言いながら妻に抱きついた。 母と息子の愛の深さが感じられる素晴らしい光景だ。 おれはそう思いながら二人を眺めていた。 妻も息子の言葉に感動し、抱きしめ返しながら泣きじゃくっていた。 「うう…。 ありがとう…ありがとう… あなたも世界一素敵なよ…」 その時、近くで大きな音が鳴り響いた。 まるで鈴の音のような、そんな忌まわしく吐き気の催すような音。 …嘘発見器が妻の「息子」という言葉に反応した。 その事を頭の中で解析し、一つの事実にたどり着いた時、おれの中で何かが壊れ、気がつくと近くいたクソ女に殴りかかっていたのだった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!