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「まさか覚えてない? 君ほどの人が?」
シャインのあの余裕は何処から出てくるのだろう。
ジャーヴィスは悔し気に目を細めた。
そんなこと、わかりきっているじゃないか。
シャインは現状を知っている。いや、知り過ぎている。ジャーヴィスよりも海軍の内情には詳しいのだ。
彼の家は代々将官クラスの人間を輩出している海軍一家なのだから。
「いいえ。覚えています。確かに艦長の訓示を毎日やっている船は……仰る通り、エルシーア海軍の中でも、うちぐらいでしょう」
険しかったシャインの表情が穏やかな海のように戻った。
「そうだろう?」
シャインは目を伏せて、右肩に滑り落ちてきた金髪の一端をつまんだ。
「俺は一応新米艦長だから、君の言う通り今までやってきた」
「はい」
「決してそれがいけないとは言ってない。毎日できるならそれにこしたことはない」
「はい」
「だけどね、ジャーヴィス副長」
「はい」
シャインはたまりかねたように、両手で乱れた金髪を首の後ろでかき寄せた。
「わかってくれ。今日は支度が間に合いそうにない! 皆を待たせてまで話す話題もないから、君は甲板に戻って解散を命じてくれ」
ジャーヴィスは黙ったまま唇を噛みしめた。
要するに、出ていけという事だ。
一旦航海に出た船では、艦長の言葉は絶対で法律にも等しい。
それが七才年下で、気分屋で、船の精霊に頭が上がらない新米艦長だったとしても――例外ではない。
「わかりました。仰る通りにいたします」
ジャーヴィスは手袋をはめた手をぐっと握りしめ、シャインに一礼して艦長室から退出した。扉を閉めるとロワールの叫び声が聞こえた。
「ちゃんとできてたんだから~三つ編み! あのバカ副長が入ってこなかったら!」
「……」
ジャーヴィスは思わず溜息をついた。
だから緊張するのだ。この部屋に入る時は。
【番外編2】ご機嫌伺い(完)
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