番外編【3】スケジュール管理

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 その店は大通りから一本外れた所にあり、ちょっとした隠れ家を思わせる雰囲気があった。赤茶けたレンガの壁を蔦が垂れ幕のように覆っているため、看板の下に掲げられた角灯が灯っていなければ、それと気付かず通り過ぎてしまうだろう。 「あーもう最低。やっぱ『提督』、変わってなかったわ」  リーザ・マリエステルは頬杖をカウンターにつきながら、独り、グラスに注がれた琥珀色の酒をじっとみつめた。  普段は一分の隙もない海軍の軍服を纏う彼女であるが、今日は十年ぶりに再会した士官学校の同期と食事をするため、盛装とまではいかなくてもそれなりの格好をしていた。  リーザは肩口まで伸ばした漆黒の髪の合間から見える、瞳と同じ色をした紅玉の耳飾りを無意識のうちに左手で触れていた。  その時、店の戸口がゆっくりと開いた。 「あらいらっしゃい」  黒い鉄板が載せられたカウンターの内側にいる、明るい栗色の髪を一つに束ね、赤い格子柄のエプロンを着た若い女性が、客に向かって愛想良く声をかけた。右手にびちびちと跳ねる大きな海老をわしづかみにしたまま。  彼女はアスラトルで唯一『海鮮焼き』料理を出す19才の若い女将である。 「お、おう」  最初に入ってきた年嵩の男は常連なのか、若女将の声もどこか親し気である。背が高く、薄い緑色の作業服を纏っている。 「え? ホープ船匠?」  リーザは見知った顔に思わず驚いた。  それは店内に入ってきた年嵩の男――ホープも同じように、白くなった眉をあげてリーザの顔をまじまじと凝視した。 「こりゃーどうも今晩は。マリエステル艦長」  ホープがぺこりとリーザに向かって軽く頭を下げる。その拍子に彼の後ろにいた連れの姿が見えた。エルシーア海軍のケープがついた青い軍服を着ている若い男だ。
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