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◇
私とリーザは士官学校内の裏手にある、こじんまりとした港へ出た。
小さな湾内に作られたそこには、一人乗り用の小帆船が10隻ほど、マストを倒して船底に格納されたまま、木の桟橋に行儀良くロープで係留されている。
年若い新入生たちが、帆船に親しむために使われている物だ。
かくいう私も17才で入学したから、最初の一週間はこれに乗ったのだが。
港内に人の影はみあたらず、ただ打ち寄せる静かな波の音だけが辺りに響いている。
「ごめんなさい。なんか巻き込んじゃって」
はらりと前に垂れた黒髪の房を手で払いながら、リーザが言った。
「いや……私は構わない」
「あなた、ヴィラード・ジャーヴィスさんだったわね」
「えっ、あ、何故、私の名を?」
リーザはそのややつり目がちの紅い瞳を細め、ふふふと笑った。
「定期試験でいつか抜いてやろうと目標にしていたから」
私は思わずリーザを凝視した。そんなことを言われるなど、思ってもみなかったから。
私は誰かに目標とされるような、そんな大した人間では無い。試験で手を抜かないのは、ひとえに報奨金を生活費のたしにして、毎日パンケーキを食べる地獄を送りたくないからだ。
「私、リーザ・マリエステル。三ヶ月前アムダリア国から、95期生に志願入学したばかりなの。あ、助けてくれてありがとう。私ったら、お礼言うのすっかり忘れてたわ」
リーザは快活な口調でそう言いながら、さっと右手を私に差し出した。
私は思わず辺りを見回した。潮の音しかしないことを確認して、彼女の白い手を取った。
彼女の手は小さくて柔らかかったが、手のひらはざらついている。
それに気付いたリーザは、気恥ずかしげに一瞬うつむいた。
無理もない。訓練でロープを扱うのだからどうしても手が荒れる。
私もそうだ。
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