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絵が描きたくて眠れない、ということは、本当に久しぶりだった。
もしスケッチブックを捨てずに持っていたら、家で散々絵を描いていたかもしれない。
寝不足のまま授業に耐えて、やっと放課後を知らせるチャイムが鳴った。
「真彩、美術室いきましょ」
「うん!」
蘭はもうすっかり歩き慣れたように、美術室までの道を案内してくれる。
あっという間に、昨日陸名くんを見かけた廊下にたどり着いた。
「いるかしらね、彼」
こっそりとその教室を覗くと、まだそこには誰もおらず、放課後の光がただ差し込んでいるだけだった。
ちょっとだけ、残念。
「先に美術室行こ。あとで、来るかもしれないし」
「そうね。そうしましょ、きっと来るわ」
蘭が私を励ますように力強く頷いた。
美術室につくと、春人先輩が真っ先に昨日のスケッチブックを手渡してくれた。
「昨日は描けなくて残念だったけど、今日はいっぱい時間があるから! 好きなだけ描いてね、真彩ちゃん」
「はい! ありがとうございます」
ずっと描きたかった。こんな気持ちは久しぶりで、とてもワクワクする。
早速椅子に座って、真っ白なスケッチブックを開いた。
鉛筆を握って、昨日の彼の姿を想像する。
陸名、周。
綺麗な骨格、ゆるぎのない体幹、そこから伸びる細い首や腕。
すらすらと手が動いて、頭のなかのイメージが、紙へと移っていく。
あの生き生きとした動きを、紙のなかに記憶するんだ。
「やっぱりすごい、真彩……」
蘭が静かに呟いたのが聞こえて、はっと現実に意識が戻ってきた。
気がつけばスケッチブックはもう私の絵で埋まっている。
「あれ、私——」
その時、美術室の引き戸がガラガラと音をたてた。
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