第一話

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○  絵が描きたくて眠れない、ということは、本当に久しぶりだった。  もしスケッチブックを捨てずに持っていたら、家で散々絵を描いていたかもしれない。  寝不足のまま授業に耐えて、やっと放課後を知らせるチャイムが鳴った。 「真彩、美術室いきましょ」 「うん!」  蘭はもうすっかり歩き慣れたように、美術室までの道を案内してくれる。  あっという間に、昨日陸名くんを見かけた廊下にたどり着いた。 「いるかしらね、彼」  こっそりとその教室を覗くと、まだそこには誰もおらず、放課後の光がただ差し込んでいるだけだった。  ちょっとだけ、残念。 「先に美術室行こ。あとで、来るかもしれないし」 「そうね。そうしましょ、きっと来るわ」  蘭が私を励ますように力強く頷いた。  美術室につくと、春人先輩が真っ先に昨日のスケッチブックを手渡してくれた。 「昨日は描けなくて残念だったけど、今日はいっぱい時間があるから! 好きなだけ描いてね、真彩ちゃん」 「はい! ありがとうございます」  ずっと描きたかった。こんな気持ちは久しぶりで、とてもワクワクする。  早速椅子に座って、真っ白なスケッチブックを開いた。  鉛筆を握って、昨日の彼の姿を想像する。  陸名(りくな)(めぐる)。  綺麗な骨格、ゆるぎのない体幹、そこから伸びる細い首や腕。  すらすらと手が動いて、頭のなかのイメージが、紙へと移っていく。  あの生き生きとした動きを、紙のなかに記憶するんだ。  「やっぱりすごい、真彩……」  蘭が静かに呟いたのが聞こえて、はっと現実に意識が戻ってきた。  気がつけばスケッチブックはもう私の絵で埋まっている。 「あれ、私——」  その時、美術室の引き戸がガラガラと音をたてた。
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