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「陸名くん……!?」
きゃあと小さい悲鳴があがった。
女の子たちが反射的に陸名くんから距離を置いたので、その姿が美術室の入り口にはっきりと見えた。
栗色の短い髪に、すらりとした立ち姿は、見間違えるはずがない。
いつのまにか彼は片手に私のスケッチブックを持っている。
「水口が、描いたの?」
彼の大きな目がこちらを見据えた。
心臓が跳ねる。
気持ち悪がられるかもしれない。引かれるかもしれない。
でも、私は、この絵を描きたかったんだ。
その気持ちに嘘をつくことはできない。
「……うん」
その場は静寂につつまれた。
陸名くんは俯いたまま、じっとスケッチをみている。
誰もが彼の反応を待っていた。
どくんどくんと心臓が大きく脈打って、飛び出てしまいそうだ。
なにか、言って。ぎゅっと目をつぶった。
「嬉しい……」
小さな声がぽつりとその場に響いた。
——『嬉しい』?
聞き間違いかと思った。
けど、周りの女の子たちが再び騒ぎ始めたので、そうでもないらしいことを知る。
「こんな、勝手に自分の絵描かれて、いいの!? 気持ち悪いじゃん!」
女子の一人がまくしたてた。
「……あんた、誰だよ」
さっきの小さな声とは裏腹に、低い嫌悪を含んだ声がした。
「おれの人生変えたひとが、おれの絵描いてんだぞ。気持ち悪いわけないだろ」
「……っ!」
みるみるうちに女の子の顔が赤くなっていって、周りの女子たちも恥ずかしそうに顔を伏せた。
「もういいよ、いこ!」
「そうだよ。ほんとありえない」
小さく悪態をつく声は、彼女たちの足音に紛れて消えていった。
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