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ほっとしたのもつかの間、陸名くんは真っ直ぐと私の方へと近づいてくる。
どうしよう。私、なんて言えばいいの。
混乱する頭を整理しきれないまま、目の前には私のスケッチブックを抱えた彼が立っていた。
「絵——描けるようになって、よかった」
じっと私を見つめて、陸名くんが言った。
言い方は少しぶっきらぼうだけど、その言葉が心からのものだということは、目を見ていればわかった。
色んな感情が込み上げてくる。
そうだ、私、絵が描けたんだ。
彼の絵を、描くことができたんだ。
「……うん……私……」
声を出そうとしたら、喉にひっかかるようで、上手く喋れない。
ぽたりと涙が落ちてきて、初めて自分が泣いていることに気づいた。
「あ、ありがとう……ごめん、なさ……」
「おれ、なんか、まずいこと言ったか」
陸名くんは心配そうな顔で私を覗き込む。
「ううん、ちがうよ。私、本当に……本当に嬉しくて」
あなたの絵を描けたことが。
あなたの姿をこの目で見れたことが。
あなたに出会えたことが。
全部言葉にして伝えたかったのに、声が掠れて、震えて、上手く出来なかった。
「そうか」
陸名くんが安心したように吐息をもらした。
「おれも、嬉しかった。自分のこと描いてもらえるなんて夢みたいだ」
照れているのか、前髪に触りながら彼が言う。
陸名くんの言葉は真っ直ぐすぎて、また涙が出そうになる。
気がつくとそばに立っている蘭まで目に涙を浮かべていて、なんだかおかしな気持ちになった。
「夢みたいって……私の絵なんて全然、大したことないのに」
「おれ、水口の絵を見てバレエ始めたんだよ」
その言葉で頭に浮かんだのは、私が初めて賞をとった絵だ。
「それって、もしかして、私が小四のときの……?」
初めてバレエを見て描いた絵。
舞台のきらめきや、ダンサーの美しさを、自分なりに精一杯描いた絵。
陸名くんはこくりと頷いた。
「あの絵を見てなきゃ、今のおれはいないから。あの時、人生を変えられたんだ」
照れたように、陸名くんが初めてはにかんだ。
八重歯がのぞいて、踊っているときの彼とは別人みたいだ。
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