第一話

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 ほっとしたのもつかの間、陸名くんは真っ直ぐと私の方へと近づいてくる。  どうしよう。私、なんて言えばいいの。  混乱する頭を整理しきれないまま、目の前には私のスケッチブックを抱えた彼が立っていた。 「絵——描けるようになって、よかった」  じっと私を見つめて、陸名くんが言った。  言い方は少しぶっきらぼうだけど、その言葉が心からのものだということは、目を見ていればわかった。  色んな感情が込み上げてくる。  そうだ、私、絵が描けたんだ。  彼の絵を、描くことができたんだ。 「……うん……私……」  声を出そうとしたら、喉にひっかかるようで、上手く喋れない。  ぽたりと涙が落ちてきて、初めて自分が泣いていることに気づいた。 「あ、ありがとう……ごめん、なさ……」 「おれ、なんか、まずいこと言ったか」  陸名くんは心配そうな顔で私を覗き込む。 「ううん、ちがうよ。私、本当に……本当に嬉しくて」  あなたの絵を描けたことが。  あなたの姿をこの目で見れたことが。  あなたに出会えたことが。  全部言葉にして伝えたかったのに、声が掠れて、震えて、上手く出来なかった。 「そうか」  陸名くんが安心したように吐息をもらした。 「おれも、嬉しかった。自分のこと描いてもらえるなんて夢みたいだ」  照れているのか、前髪に触りながら彼が言う。  陸名くんの言葉は真っ直ぐすぎて、また涙が出そうになる。  気がつくとそばに立っている蘭まで目に涙を浮かべていて、なんだかおかしな気持ちになった。 「夢みたいって……私の絵なんて全然、大したことないのに」 「おれ、水口の絵を見てバレエ始めたんだよ」  その言葉で頭に浮かんだのは、私が初めて賞をとった絵だ。 「それって、もしかして、私が小四のときの……?」  初めてバレエを見て描いた絵。  舞台のきらめきや、ダンサーの美しさを、自分なりに精一杯描いた絵。  陸名くんはこくりと頷いた。 「あの絵を見てなきゃ、今のおれはいないから。あの時、人生を変えられたんだ」  照れたように、陸名くんが初めてはにかんだ。  八重歯がのぞいて、踊っているときの彼とは別人みたいだ。
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