第一話

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 そっか。そうだったんだ。  緊張がほどけて、指先がじんわりと温かくなっていく。 「それからも水口が入賞したコンクールの絵は毎年見に行ってた。でも、去年、水口の作品が一つもなくて……美術部もやめたってどっかで聞いて、すごくショックだった」  俯いた陸名くんを見て、あの日、怒鳴られたことを思い出す。  あれは全部、私をずっと見てきてくれたから、出た言葉だったんだ。 「陸名くん、ありがとう……」  陸名くんは、自分の苦痛のように、私の苦痛を感じてくれていたのかもしれない。  椅子から立ち上がって、ぺこりとおじきをしようとすると、その反動で座っていた椅子がガタッと傾いた。 「水口、危ない」  陸名くんの手が瞬時に伸びてきて、椅子を避けるようにして私の腰を引き寄せる。  背後で、ガターンと椅子が倒れる音が教室に響く。  気がつくと陸名くんの顔が真正面にあった。  その長いまつ毛や真っ白い肌に見とれている時間はなく、私はすぐさまからだをはなした。 「ご、ごめん、急に……!」  顔がどんどん赤くなっていくのを隠すために、倒れた椅子を元に戻す。  顔を伏せたまま椅子に座り直すと、目の前にはあのスケッチブックが差し出された。 「そろそろレッスンだから、行く」  淡々とした声が上から振ってくる。  行ってしまうんだ。もっと、話してみたかったな。心の奥に浮かぶ気持ちを押し込めて、私は彼を見上げた。 「うん! さっきはありがとう、助けてくれて」  少しだけ角がよれてしまったスケッチブックを手渡すと、陸名くんはスタスタと教室の出口へと歩いていった。  このまま、行ってしまうのかな。  後ろ姿をじっと見つめていたら、一瞬、陸名くんがすっと振り返った。  また、目が合う。 「……話せてよかった。またな」  ぶっきらぼうに聞こえた言葉。  ——『またな』。  その言葉がとても嬉しくて、私は笑顔で頷いて、手を振った。
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