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第二話
「水口、おい、水口——」
頭の片隅で誰かの声が響く。
ぼんやりする意識のなか、なんとなく顔をあげてみると、教室全体の視線が私に集まっていた。
やばい。もしかして私、寝てた?
「授業中だぞー、起きろ」
「す、すいません……」
教室に穏やかな笑い声が響く。
恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じて、顔を伏せた。
でも心の中は、授業や、みんなの視線よりも、あることでいっぱいだ。
絵を描くこと。
しばらく絵を描けなかった私だけど、小さな出会いをきっかけに、また絵を描けるようになった。
山来蘭。入学して初めて話しかけてくれた美少女。
蘭がいてくれたから、安心して美術部にも入ることが出来たし、私の心の支えでもある。
今では私の親友だ。
そして、陸名周。同級生だけど、この年代では一番と言われるバレエダンサーと出会ったのだ。
しかも彼は私が小四の時に描いた絵に影響を受けて、バレエを始めたという。
彼が練習する姿をみて、私はもう一度、絵を描きたいと心の底から思ったのだ。
放課後の始まりを知らせるチャイムが鳴る。
また意識がどこかに飛んでいたのを、部活に向かうクラスメイト達のざわめきで、すっかり現実に引き戻された。
「さ、真彩! 今日も行きましょ」
長い三つ編みを揺らして蘭が私の机に現れる。
入学式からあっという間に二週間が経って、蘭は同級生のなかでも美少女としてすっかり有名になっていた。
「うん、行こう」
今では行き慣れた美術室への道を進む。
陸名くんと出会った教室をちらりと覗くが、そこには誰もいなかった。
練習している日と、していない日があるようだ。
ちょっとだけ残念に思いながら、美術室の引き戸を開けた。
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