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締め切りが一週間後に迫った昼休み。
お弁当を美術室に持ち込んだ蘭と私は、キャンバスをにらみながら昼ご飯を食べていた。
私は展示用の二枚目の絵をやっと描き終えて、三枚目の下書きに取りかかっている。
まだあと一枚あると思うと、焦りがどんどん込み上げてくる。
「はあ……終わるかなあ」
「大丈夫よ。逆に締め切りがないとわたしなんにも描けないもの」
「それは分かる。私、夏休みの宿題とか、前日に片付けるもん」
「そうそう。締め切りなくして終わる作品はないものよ」
蘭の言葉に強く頷く。
卵焼きを頬張って、私はもう一度自分のキャンバスを見た。
今取りかかっているのは、練習中のダンサーの絵だ。
完成した一枚目と二枚目の絵は、きらびやかな衣装をまとった舞台写真を参考にした。
けど、最後の一枚は、練習をするダンサーの絵にしようと決めていた。
それは、陸名くんの練習の様子を生で見てしまったからかもしれない。
陸名くんは、きらびやかな衣装がなくても、照明がなくても、輝いていた。
どんなバレエダンサーも、最初から舞台に立てるわけじゃない。
ステージの裏にある努力を、どうしても表現したいと思ったのだ。
「あの、山来さんいますか?」
ガラリと美術室の戸が開いて、男子生徒がひょこっと顔を出した。
「なんでしょう」
お弁当を机において、蘭は顔をあげる。
私たちのキャンバスを見て、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「日直で、先生が呼んでいて……」
「あっ! ごめんなさい、すっかり忘れていたわ」
蘭が慌てて立ち上がり、扉の方へと急ぐ。
「真彩ごめんね、すぐ行って戻ってくるわ」
「うん、荷物みてるね」
ガラリと戸が閉じて、私は美術室に一人になった。
広い部屋に一人なのは少し寂しいけど、私には完成させなきゃいけない絵がある。
一瞬だけ目をとじて、私は鉛筆を手にとった。
その時また美術室の戸がガラリと開く。
「あれ? 蘭、忘れ物?」
顔を上げると、そこにいたのは蘭じゃなかった。
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