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桜の花びらが、青い空にひらひらと舞っている。
高校の入学式が終わり講堂を出ると、外の光が眩しく感じた。
騒がしい声がして、そっちを向いてみると、グラウンドは部活動の勧誘で賑わっているようだった。
「水口さん!」
聞き覚えのない、凛と澄んだ声が私の名を呼んだ。
まだ入学してから誰とも口をきいていないのに、なぜ私の名前を。
驚いて振り向くと、黒髪の美少女が満面の笑みでこちらを見ていた。
「水口真彩さん! 会えて嬉しいわっ」
とっても幸せそうに笑っている美少女に、見覚えはない。
しかも、私は有名人でも何でもないから、本気で疑問だ。
「……あの、私たち、どこかで会ったことある……?」
「ないわね!」
ないんだ……。
「じゃ、じゃあなんで私のこと……?」
首を傾げていると、美少女が私の手をきゅっと握った。
「全国の美術部員で知らないひとはいないわ! 毎年、全国絵画コンクールで金賞をとった伝説のひとだもの」
『絵画コンクール』。心の奥がチクリと痛む。
歪みそうになる表情を隠すように、私は苦笑いを浮かべた。
「あはは……あなたも、美術やってるんだね」
「ええ。わたしは山来蘭。蘭って呼んでね」
彼女は真っすぐに私を見つめて言う。
その目を見ると、ただの好奇心で私に近づいたわけではなさそうだ。
本当の友達になれるかも。そう思って心が弾んだ。
「うん。私のことも、真彩って呼んで」
私がそう答えると、蘭は長い三つ編みを揺らして、幸せそうに笑った。
「嬉しいわ。まさか高校であなたに会えるなんて! しかも同じクラスなんてっ」
「ほんとに?」
まだ友達が一人もいない私にとって、心強い存在だ。
「きっと、運命ね」
蘭がうふふと笑った。
「わたし、ずっと真彩のこと尊敬していたの。同い年が描いた絵とは思えないくらい、すごいんだもの」
目を輝かせて、蘭が言う。
今まで何度も私の絵に対する評価をいろんな人から聞いたけど、思ってもいないお世辞を言ってくる人も居た。
けど蘭の言葉はとても素直で、私も純粋に嬉しい。
「そ、そうかな。……ありがとう、蘭」
「ふふ。さ、グラウンドに行きましょうよ」
「グラウンド?」
「ええ。部活の勧誘をやってるみたいだから。美術部、見に行くでしょう?」
心臓がドキリと跳ねる。
急に心が暗く、重たくなって、蘭の横を歩いていた足が止まった。
「これから真彩と美術部で一緒に絵を描けると思うとうれし——真彩?」
歩くのをやめた私を、蘭が振り返る。
「あのね。私、美術部には入らない」
私は、もう絵を描けなくなってしまったのだ。
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