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「え?」
「綺麗なのは、ステージの上だけじゃないって、思ったの」
陸名くんの大きな瞳が、キャンバスから私に向いた。
視線が交差して、私は言葉がでなくなった。
しばらく沈黙が続く。
目を伏せたかと思うと、陸名くんはぷいと私に背を向ける。
「なんでそんな……嬉しいこというの」
前髪を触りながら、彼は小声で囁いた。
嬉しいことって——そんなに大したこと言ってないのに。
その表情は見えないけど、照れてるのかな。
「ふふ」
「笑うな」
「なんか、嬉しくて」
開けっ放しの窓から、春の風が吹いてきた。
少し冷たい風は私たちの髪を撫でて、美術室を抜けていく。
「おれ、水口のこともっと知りたい」
風で髪がかき上げられた陸名くんが、私を見つめる。
おでこが見えると、いつもより大人っぽくて、どきっとした。
「あ……」
また上手く声が出なくなる。
顔の温度が上がるのを隠すみたいに、私はこくんと頷いた。
「私も……陸名くんともっと話したい、な」
私の絵を誰よりも好きでいてくれるひと。
陸名くんのことを、もっと知りたいと思う。
「嬉しい」
陸名くんは優しい声で言った。
微笑んでいたかもしれないけど、赤い顔を見られるのがいやで、その表情は見逃してしまった。
ちょうどチャイムが鳴って、陸名くんが立ち上がる。
「展示、見にいくから。また」
慌てて私も立ち上がって、やっと陸名くんを見ることができた。
「う、うん。ありがとう」
まだ顔が赤かったのかもしれない。
今日一番の笑顔を浮かべて、陸名くんは手を振りながら美術室をあとにした。
吹いてくる風が、熱くなった私の頬を冷ましている。
入れ替わるようにして蘭が慌てて帰ってきて、私たちは荷物を持って足早に教室へと戻った。
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