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「……あれ、水口の、三枚目は?」
う。やっぱり、聞かれるよね。
ぐっと拳を握って、深呼吸する。
「陸名くんには、練習中のダンサーの絵を、見せたよね」
「うん」
陸名くんの目線は、壁に並んだ私の二枚の絵を見つめている。
「あの絵は、陸名くんを思い浮かべながら描いて、完成したんだけど——」
「そうなの!?」
輝いた目が、パッとこちらを見る。
私が陸名くんの絵を描くと、いつもこの表情になるから、少し可愛い。
「でも、展示しないことにしたんだ」
「え……なんで」
陸名くんの眉間に微かなシワが寄る。
心の奥がじわりと痛んだ。
もう一度深呼吸をして、私は陸名くんを見上げる。
「陸名くんの輝きに頼ってしまったから。でも私は、自分自身で、ダンサーの輝きを表現する方法を見つけたいの」
驚いたように、陸名くんの大きな瞳がわずかに見開かれた。
「それに、陸名くんを客引きに利用してしまったような気がして、嫌だったんだ。私は、陸名くんを描けるほど、上手じゃないのに」
ふうと息を吐ききって、飾られた絵に目線を落とした。
春の風が廊下を吹き抜けたかと思うと、気づけば陸名くんの手は、私の腕を柔らかく掴んでいる。
「水口は、自分に厳しすぎるよ。おれこそ、水口に描いてもらえるほど、輝いてなんかいないよ」
眉を寄せて、辛そうな面持ちで陸名くんが言う。
初めて見る苦しそうな表情に、心臓がぎゅっと痛む。
「そんな、こと」
「水口は自分に厳しいから、また、絵を描くのが嫌になるんじゃないかって……すごく不安になる」
腕をつかむ力がきゅっと強くなる。
——『絵描くの、やめてんじゃねえよ』。
出会った時に聞いた言葉が、頭の中で反響する。
陸名くんはずっと、私の絵を好きで、今も、心から心配してくれているんだ。
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