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「陸名くん、私、もう絵を描くことやめないよ」
陸名くんがはっと顔をあげる。
前髪がかすかに揺れて、表情がゆるんだ。
「私は、自分が描きたい絵を描き続ける。そのために、今回の展示を一枚減らしてもらったの」
あの絵を取り下げたのは、自分の未熟さを理解して、前に進むための一歩。
陸名くんの輝きを、いつか自分の絵で、表現できるようになるための。
「そっか……」
ふっと、腕を掴む力が抜けて、陸名くんの表情がやわらかくなった。
ほっとしたように息を吐いて、陸名くんはまた私を見つめる。
「おれ、水口に描いてもらえるようなダンサーに、なる」
陸名くんの瞳が、廊下から差し込む光に透けている。
元々色素の薄い茶色の瞳が、黄金色のように見える。
すごく、綺麗だな。
「私も、陸名くんの輝きをちゃんと描けるように、がんばる」
腕を掴んだ陸名くんの手に、そっと手を重ねた。
まるでなにかの宣誓の握手をするみたいに、私たちは手を繋いで頷きあった。
触れ合った手は、心の奥をどきどきと震わせていた。
ああ。私は、絵を描くこととと同じくらい、彼に惹かれている。
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