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「春人さん、もう一人、新入部員来てくれましたよ」
蘭は火野くんを手で示す。
春人先輩はいつになく嬉しそうな表情でこっちにやってきた。
「あ、ありがとう!! きみ、名前は?」
「ひ、火野諭です! 一年です」
「これで同好会降格は免れたよ!!!」
ぎゅっと火野くんの手を握って、もはや泣きそうな表情で春人先輩が叫ぶ。
その勢いに目を丸くしながら、火野くんは苦笑いを浮かべる。
「そうだったんすね……よ、よかったです」
春人先輩は二枚の申し込み用紙を手に取って、宝物のように抱きしめる。
「じゃあ僕は職員室に行ってくるね! 今日はもう解散してていいからね〜」
その声の最後の方はかき消されて、春人先輩はあっという間に美術室から消えた。
こんなにあっという間に部の存続が決まるなんて……!
全員がポカーンと沈黙する。
「ぷっ、ふふふ」
蘭が笑い始めたので、私もつられて笑ってしまった。
「あはは、よかったねえ。美術部存続だね」
「ねえ。ほんとにギリギリだったけど」
私たちにつられて葉村先輩も笑いだした。
「あいつほんと馬鹿みたいに一生懸命だよな」
「てか、同好会落ちしそうだったんすね……」
火野くんはきょとんとしたまま苦笑いを浮かべている。
葉村先輩がすっと目線を私に向けたので、緊張でからだがこわばった。
「お前、名前は?」
その声色は思ったよりも優しかったので、少し緊張がゆるんだ。
「み、水口真彩です! よろしくお願いします」
蘭はすかさず腕を組んで、私の隣にくっつく。
「真彩はほんとうに絵が上手なんですよ、慎さん!」
「へえ。そりゃすごいな」
ニッと葉村先輩が口角を上げる。
なんだか、楽しくなりそうな予感に、心の奥がドキドキした。
しかしその気持ちは、葉村先輩の次の言葉によって翳った。
「でも俺、あいつに頼まれて、名前貸すだけだから。たぶん部活にも来ねえし、絵描くことはねえよ」
隣の蘭の表情が、みるみる曇っていく。
「慎さん……」
「美術部存続、よかったな。じゃ」
葉村先輩の大きな背中はあっけなく美術室から姿を消した。
蘭は下を向いて、ぎゅっと私の腕を握っている。
葉村先輩がいないことが、辛いんだ。
これから、どうなってしまうんだろう。
楽しい予感とは別に、心臓が緊張でドキドキと脈打った。
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