第三話

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○  火野くんは物の形を捉えるのがとても上手だということが、六月に入って周知の事実となった。 「今日は石膏を描いてみる? 火野くん」  春人先輩がゴゴゴと音を立てて、白い石膏像を取り出してくる。 「描くっす」  火野くんはスケッチブックと鉛筆を手に、石膏がある教室の奥へと足を進めた。  蘭は油絵の練習として、静物のデッサンを行なっている。  静物は、果物やボトルなどいくつかのオブジェクトを机の上に乗せて、それをデッサンするものだ。  とくに蘭は風景画が得意なので、物体のスケッチを強化したいらしい。  そして私は人物画をもっと上達させるために、蘭の姿を後ろからデッサンしている。  こんな風に、それぞれ好きなものを自由にできる環境はとても居心地がいい。  中学の美術部時代は、決められたデッサンの練習を行うしかなかったから。 「いい感じだね、二人とも。じゃあ僕は蘭を描いてる真彩ちゃんのスケッチしようかな?」  石膏像を出し終えた春人先輩が背後から現れる。 「えっ! 緊張しちゃうので、やめてください〜」 「でも僕人物描くの下手くそだからさ、練習したいんだ」  手を擦り合わせて頭を下げる春人先輩。  でも、人に描かれたことないもんなあ。モデルってやっぱり緊張しちゃうよ。 「じゃあ火野くんと一緒に石膏描いてください」  私の意思を汲み取ってか、蘭が振り向きもせずぴしゃりと言った。  さすがの春人先輩も、観念したように肩を落とす。  蘭、すごい。 「わかったわかった、僕は火野くんとおしゃべりするよ……」  ため息をつきつつスケッチブックを手にとって、春人先輩は火野くんの方へと帰っていった。  しばらくデッサンを続けていた蘭の手が、ふと止まる。  蘭は、聞こえないくらいの小さな音でため息をついた。
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