第三話

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「あ、水口」  各々デッサンをはじめて一時間ほど経ったとき、石膏像の方から火野くんが小さめの声で私を呼んだ。 「ん?」  振り向くと、火野くんと春人先輩がちょんちょんと手招きをしている。  呼んでるのかな。  そっちの方に行ってみると、二つのスケッチブックが目の前に差し出された。 「どうかな?」 「水口が一番人物描くの上手いから、アドバイスくれ」  椅子に腰掛けた火野くんがまっすぐ私を見上げる。  春人先輩も、隣でうんうんと頷く。 「わ、私……?」  人に絵のアドバイスなんてしたことない。  今までは、顧問の先生がその役割だったから。  でも、この美術部は顧問の先生が非常勤だから、顔を出すことはめったにない。 「うん、真彩ちゃんに聞きたいんだ」  にっこりと春人先輩が微笑む。  頼られているような、私の絵を信頼してくれているような気がして、とても嬉しくなる。 「は、はい!」  私はきっとアドバイスなんて大層なことはできないけど、思ったことを言うくらいなら、できるかも。  まず、春人先輩のスケッチブックを手に取る。  春人先輩が座っていた角度で、石膏のそばに座った。 「えっと、春人先輩の絵は、陰影がすごく綺麗ですね……!」 「そう? 嬉しいな」  窓から差し込む光と、石膏のでこぼこが生み出す影は、完璧に再現されている。  そういえば、春人先輩は以前蘭に光のつけ方をアドバイスしていたような。  さすがだなあ。 「うーん。でも少し、バランスが崩れているというか……」  デッサンにおいて、物体の形を正確に捉えることはとても重要だ。  アタリをつけて、それに書き込んでいくのが石膏デッサンの基本。  だけど春人先輩のデッサンは、石膏のバランスが少し崩れている。 「そうなんだよね、僕アタリをつけるのが結構苦手でさ。風景描くときはそんなことないんだけどね」  春人先輩は水彩の風景画がとても得意だし、すごく上手い。  石膏デッサンと、風景画の違いってなんだろう。  しばらく考えて、ふと石膏を見上げた。
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