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「春人先輩、この石膏、周りの風景と一緒に描いてみたらどうでしょう」
「周りの?」
不思議そうに春人先輩が首をかしげる。
普通石膏デッサンは、石膏以外は描かないからだ。
「この石膏だけに的を絞るから、崩れてしまうんだと思います。いつも風景を描くみたいに、視野を広くしてみたら、きっとうまくいくんじゃないかなって……!」
確信はないけど、なんだかそんな気がして、言葉に力が入った。
「なるほど。それは的確な指摘だね。ありがとう真彩ちゃん、もう一回描いてみる!」
春人先輩は大きく頷いて、スケッチブックを私の手から受け取った。
よかった、伝えられた。
静かに深呼吸をしてから、次に火野くんのスケッチブックを手に取る。
正確な物体の捉え方をしている、と思った。
春人先輩のように、バランスが崩れているところはどこにもない。
「やっぱり火野くんは、デッサンがすごく上手だね……」
入部してからいくつかスケッチを見てきたけど、火野くんは絵が上手い。
絵が好きだと言っていた気持ちが、よく伝わってくる。
「そうか?」
当の本人はきょとんと首をひねる。
「うん。でも、春人先輩と反対で、陰影がまだくっきりしていないかも。石膏が、立体的に見えないような……」
しかし、アタリの付け方は完璧だ。
陰影を突き詰めて描けるようになれば、写真のような作品になるかもしれない。
火野くんは春人先輩のスケッチブックをひょいと覗き込む。
「うわ、ほんとだ。おれの、ぼやぼやしてるな」
春人先輩のデッサンと自分のを比較して、火野くんは目を丸くした。
「へへ、比べてみるとよく分かるよね」
陰影の付け方は、春人先輩が抜群に上手いので、とても良い比較対象だ。
「同じものを描いてても、描き方でこんなに変わるんだな」
関心したように火野くんが言った。
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