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「陰影は、最初は形が簡単なものをデッサンして練習するのがいいかも。ブロックとか、積み木とか」
私が小学生の時にはじめてのデッサンをしたのは、立方体の積み木だった。
形が単純だと、三次元の物体を平面として捉えられるので、影がつけやすい。
「そっか。確かに、今まで影をつける練習あんまりしなかった。やってみる」
「うん! デッサン用のオブジェ、いっぱいあるからね」
火野くんにスケッチブックを返して、私はオブジェが並ぶ窓際の戸棚を指差す。
「ありがとな! 水口」
にっと歯を見せて火野くんが笑った。
笑顔を真正面から見たのは、はじめてかも。
心の奥があたたかくなる。
「ううん。私はなんにもしてないよ」
この美術部は、本当に居心地がいい場所だ。
みんなが教えあって、良いところを吸収しあえる場所。
一人黙々とデッサンを続ける蘭を、ちらりと見る。
真剣な表情は、いつも通り綺麗だけど、やはりどこかかげりがあった。
——葉村先輩も、このなかにいることはできないのかな。蘭がきっと、一番それを望んでいるんじゃないかな。
好きな人の姿を見られないのは、苦しい。私は、陸名くんが踊っている姿を見られなくなるのは、とても苦しいから。
蘭は今、それくらい辛いのだろうか。
そう思うと、心の奥がズキンと痛んだ。
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