70人が本棚に入れています
本棚に追加
「真彩! おはよう」
蘭の挨拶に、机から顔をあげる。
昨日私は『美術部に入らない』と言って突然帰ってしまったのに、怒っている様子はなく、少しほっとした。
昨日のこと、謝らなくちゃ。
「あの、蘭……昨日、ごめんね。折角グラウンド行こうって誘ってくれたのに」
「いいえ。真彩にも、色々あったのね。気にしないでいいから」
その微笑みはまるで女神のようだ。
「蘭……やさしい……!」
心が広いとはこのことである。
すると蘭が私の頬をむにゅ、と手のひらで包む。
「でも! 何があったかは知らないけど、わたしは、真彩に絵を描き続けてほしいと思ってるの」
真剣な蘭の目。
私の心のなかにある『絵を描きたい』という気持ちが、うずいたような気がした。
「蘭……」
純粋に、自分の好きな絵を描くこと。それがまた出来たら、どんなに幸せだろう。
けれど、絵を描こうとするたびに中学での記憶がフラッシュバックする。
もっと上手く、あの子より上手く描かなきゃ賞は取れない。
焦りに支配されていた時代の記憶が私の邪魔をする。
「真彩?」
心配そうな蘭の声に、はっと顔をあげた。
「ご、ごめん、ちょっと考え事」
「指、震えてるわ。本当に、大丈夫?」
温かい蘭の手が、冷たくなった私の手をつつむ。
その温もりで、指先の緊張がやわらいだ。
昨日会ったばかりなのに、蘭は私のことを心から心配してくれる。
やっぱり、蘭に会えたことは運命なのかもしれない。
「だいじょうぶ。蘭、ほんとにありがと」
出来る限りの笑顔を浮かべると、蘭も安心したように微笑んでくれた。
「明日、最初の部活があるの。もし真彩の気が向いたら、いつでも美術室にきて」
少し不安な気持ちもあったけど、私は思い切って大きくうなずいた。
ちょうどチャイムが鳴り、蘭はもう一度私の手をきゅっと握ってから、自分の席に戻っていった。
私には勿体無いくらいの、いい友達だ。
心のなかでもう一度蘭に、ありがとう、と呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!