第一話

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「真彩! おはよう」  蘭の挨拶に、机から顔をあげる。  昨日私は『美術部に入らない』と言って突然帰ってしまったのに、怒っている様子はなく、少しほっとした。  昨日のこと、謝らなくちゃ。 「あの、蘭……昨日、ごめんね。折角グラウンド行こうって誘ってくれたのに」 「いいえ。真彩にも、色々あったのね。気にしないでいいから」  その微笑みはまるで女神のようだ。 「蘭……やさしい……!」  心が広いとはこのことである。  すると蘭が私の頬をむにゅ、と手のひらで包む。 「でも! 何があったかは知らないけど、わたしは、真彩に絵を描き続けてほしいと思ってるの」  真剣な蘭の目。  私の心のなかにある『絵を描きたい』という気持ちが、うずいたような気がした。 「蘭……」  純粋に、自分の好きな絵を描くこと。それがまた出来たら、どんなに幸せだろう。  けれど、絵を描こうとするたびに中学での記憶がフラッシュバックする。  もっと上手く、あの子より上手く描かなきゃ賞は取れない。  焦りに支配されていた時代の記憶が私の邪魔をする。 「真彩?」  心配そうな蘭の声に、はっと顔をあげた。 「ご、ごめん、ちょっと考え事」 「指、震えてるわ。本当に、大丈夫?」  温かい蘭の手が、冷たくなった私の手をつつむ。  その温もりで、指先の緊張がやわらいだ。  昨日会ったばかりなのに、蘭は私のことを心から心配してくれる。  やっぱり、蘭に会えたことは運命なのかもしれない。 「だいじょうぶ。蘭、ほんとにありがと」  出来る限りの笑顔を浮かべると、蘭も安心したように微笑んでくれた。 「明日、最初の部活があるの。もし真彩の気が向いたら、いつでも美術室にきて」  少し不安な気持ちもあったけど、私は思い切って大きくうなずいた。  ちょうどチャイムが鳴り、蘭はもう一度私の手をきゅっと握ってから、自分の席に戻っていった。  私には勿体無いくらいの、いい友達だ。  心のなかでもう一度蘭に、ありがとう、と呟いた。
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