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美術室前の廊下にようやくたどり着いたところで、私はへたりと床にしゃがみこんだ。
まだ手が震えている。
私、なんであんなにムキになったんだろう。
「水口、大丈夫?」
火野くんも私に合わせて、隣にしゃがみ込んだ。
「う、うん、だいじょぶ。ていうか私、怒鳴っちゃって……ごめんね……」
今考え直すととても恥ずかしい。
もっと冷静になれたはずなのに。
「えっ、いやいや、あいつただの幼馴染だし、全然」
火野くんは慌てて私の謝罪を否定する。
ふうと深呼吸して、ようやく顔の火照りが治ってきたのを感じる。
「なんかね、許せなかったんだ。火野くんはあんなに絵が好きなのに、あんなこと言って」
もし自分が火野くんの立場だったら、泣いていたかもしれない。
絵が好きなのに、それを誰かに否定されるんだから。
「おれは水口がああ言ってくれて、すげー嬉しかったよ。てか、水口ってあんなデカイ声でるんだな」
はは、と火野くんが照れたように笑う。
「私も出るとは思わなかったなあ」
あの時は我を忘れてしまったのかもしれない。
もしかしたら人生で初めて誰かに怒鳴ったかも。
「おれさ、バスケより、絵が……好きでさ」
ぽつりと、小さい声で火野くんが言った。
「でも、親も友達も、絵よりバスケを続けろって言うんだ。だから中学はバスケ部で、高校もその予定だった」
火野くんは力なく目を伏せる。
絵を描くことが好きなのに、さっきみたいに、周りに反対されていたんだ……。
火野くんは、あんなに絵が上手いのに、誰もそれを知ろうとしなかったのかもしれない。
「でもギリギリまで入部届けは出してなかった。それで、あの展示をみて……おれは絵を描きたいんだって、思ったんだ」
火野くんの目に少しずつ光が戻る。
きっと、陸名くんを見たときに私が『絵を描きたい』って強く思った瞬間を、火野くんも感じたんだ。
「私もね、絵が描けなくなったんだよ」
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