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次の日の放課後、私は美術室への道をおそるおそる歩いていた。
蘭以外、どんな人がいるんだろう。
また競争の世界だったら、どうしよう。
廊下を進む足は重い。
その上、まだ校舎に慣れないせいもあって、なかなかそれらしき教室にたどり着かない。
周りの教室をちらちらと覗きながら進んでいると、ふと何かが目に入った。
しなやかなに弧を描く腕。伸ばされる指先。静かに空を切るようなターン。
バレエだ。
ドキンと胸が高鳴る。
そこは無人の教室で、男子生徒が一人で練習をしているようだ。
気付けば私はその動きを食い入るように見つめていた。
ウォーミングアップをしているのか、ゆっくりと丁寧な動きだ。
まるで重力なんてないみたいに、その腕や指先は頭上まですっと伸びている。
栗色の髪は放課後の光を浴びて、時折透けているようだった。
初めてバレエを見たときのような衝撃。
私がその人から目を離せないでいると、ふと彼と目が合った。
というか、合ってしまった。
はっとしてその場を立ち去ろうとした瞬間、教室のなかから「待てよ」、と小さく声がした。
身動きが取れなくなって、数秒。
いつの間にかその人は教室から出て、私の数メートル先に立っている。
その大きな瞳は、キッと私を睨みつけている。
勝手に覗いてたから、怒ってるんだ……!
「ご、ごめんな——」
私の謝罪は、彼の怒鳴り声に遮られた。
「絵描くの、やめてんじゃねえよ」
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