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○
廊下に彼が居なくなって何分経っただろう。
私の心臓は未だにドキドキと激しく脈打っている。
——『おれは、あんたの絵に人生変えられたんだよ』。
そんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。
あんな美しい人の人生を、私が変えたなんて。そんなはずあるわけない。
緊張の糸がぷつり切れる。がんばって立っていた足の力がふっと抜けて、ぺたんと床に座り込んでしまった。
彼はいったい、どこで私のことを知ったんだろう。どこで私の絵をみたんだろう。
あの綺麗な顔と、踊りが、頭のなかで何度もリピートする。
一切ブレのないからだ。美しく教室を舞う姿。
あの瞬間を、描かなきゃ。
強く思ったその瞬間、廊下に蘭の声がした。
「真彩!? どうしたの!?」
バタバタと近づく足音に、慌てて立ち上がろうとするが、まだ力が上手く入らない。
「ら、蘭! ごめん、なんでもないの! ちょっと、たてなくなっちゃって……」
「大丈夫!? 大きい声が聞こえたから、美術室から来てみたんだけど」
心配そうに私の顔を覗き込むと、蘭はさらに目を丸くした。
「真彩、顔真っ赤よ!?」
「えっっ、やだ!」
確かに顔がものすごく熱い。
恥ずかしくて手で覆うと、蘭はさらに心配そうに私の目の前にかがみ込んだ。
「誰かいたのね? 何か言われたの!?」
誰かいたことも確かだし、何か言われたことも確かだった。
起きたことをそのまま伝えてみると、意外にも蘭はあっさりと納得したような表情を浮かべた。
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