106人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
ふたり
付き合い始めて定番化したものがある。
同じ講義を受けるときは、隣に座る。
お昼はカフェテリアで一緒に食べる。
どちらかがバイトの時は、時間まで花見の公園に立ち寄って、手を繋いでベンチに座る。
「昨日ね、バイト先でシフト一緒の子に言われたんだ」
私はちょっと苦笑を漏らしながら、口を開いた。
桜の木は既に葉が青々と生い茂っていて、それもまた、生き生きとしていて気持ちがいいと思う。
「なんて?」
隣からの視線を感じながら、彼女の顔を思い出す。
「『咲ちゃん、顔が緩んでるよ』って」
「顔がゆるんでる?」
「うん。ふにゃーってしてるって笑ってた」
「“ふにゃ”?……俺は“ふにゃ”より“ふわふわ”だと思うけど」
「……どっちにしても、緩んでるね」
「ははっ、」
「奏ちゃんだって、最近はふにゃーってしてるんだよ。ちょっと前まで、なんかすごく悲しそうな顔するときがあったんだけどね。……ほら、この間噂になってた有名な人が彼氏で、髪がいつも派手な人と一緒にいる、」
バイト先の友人とその彼氏を一生懸命説明したけれど、サクは宙を眺めて首を傾げた。
「わかんない。……そもそも、今まで政宗以外、顔の認識があまりできてなかったし」
「……うん?」
「っていうか、人に興味なかったから」
「政宗くんの他にも周りにいつも人が居たのに?」
「あれは、あいつの周りに集まってたやつらで、俺もそのうちの端っこの一人だっただけ。あいつが俺のところに寄ってくるから、その中に巻き込まれてただけだよ」
確かに、サクは周りの人とは雰囲気も違ったし、いつも窓の外を眺めていたんだっけ。
今は私と居てくれる彼を、遠くからちらちら見つめていたのを思い出した。
頬杖ついて、窓の外を眺めてて。
私はその横顔と、彼の纏う雰囲気に惹かれたんだ。
「ふふっ、」
「ん?どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
「なんでもなくない。……そんな顔して、」
「うん?」
不意に近づいて、見上げたタイミングで影になる。
唇が重なって、離れた先5センチ。
「ふわふわ可愛い顔、あんまり他のやつに見せないで」
覗き込むように見つめられて、一気に顔が熱くなった。
「ちゃんとバイト中は顔を引き締めて下さい」
「わ、わかりました」
「なら、よろしい」
そう言って、不意打ちでもう一回、チュッとする。
これは相当努力しないと、顔は引き締まらないと思った。
最初のコメントを投稿しよう!