はじまりのはじまり

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神さまはどうして自分が、どうやって自分が生まれてきたのか知らなかった。気が付いたら青い、まぶしい世界に放り出されていて、それ以前のことやこの世界のこと、自分の姿かたちさえもわからなかった。  神さまは泣いた。悲しかったのだ。何も知らないことほど辛く、淋しいものはない。神さまの涙は青い世界の底に溜まって、たちまち大きな湖をつくった。  その湖を、神さまはおそるおそる覗いた。自分の姿が見たかったからだ。けれど、湖には何も映っていなかった。神さまはその時、自分はただの「神さま」でしかないということに気が付いた。神さまは何だかがっかりしてしまい、深い溜め息をついた。神さまの息は湖を大きく揺らし、息から漏れた神さまの精気はふわふわとした白い塊となって宙に浮かび始めた。  神さまは世界を見て回った。この世界のことをもっと知りたくなったからだ。しかし、どんなに動き回っても、湖と白い模様が描かれた青い天井が広がるばかりで、他には何も見当たらなかった。その時、神さまは「ひとりぼっち」の意味を知った。  神さまは仲間が欲しくなった。ひとりでいることが退屈で、面白くなくて、嫌になってしまったのだ。神さまは手から小さな妖精を生みだした。小さな妖精は湖に落とされ、神さまを見て嬉しそうに泳ぎ回った。神さまは驚いてその妖精に尋ねた。 「君には、私が見えるのかい?」  もちろん、神さまは何も知らなかったので、言葉は話せなかった。けれど「神さま」なので、神さまが言いたかったことは妖精にはしっかりと伝わった。妖精は小さな体をひらひらと揺すって答えた。神さまも妖精の言いたかったことがしっかりと分かったので、神さまも嬉しくなった。その日、神さまは海の中で妖精を抱いて眠りについた。彼らは幸せだった。彼らは世界のことについて、ほとんど何も知らなかったが、お互いのことについてであれば、何でも知っていたからだ。  それからというものの、神さまは妖精といつでも一緒にいるようになった。神さまは大好きな妖精のために色々なものをつくった。まずは名前をつくった。(この時から神さまは神さまという名前になり、妖精は妖精という名前になった)それから美しいもの、楽しいもの、たくましいもの、そして醜いものをつくった。優しい妖精はそれら全てを等しく大切にしたが、特に醜いものたちを愛していた。  醜いもののうちの一つに「人間」があった。人間は湖を上手に泳ぐこともできなかったうえ、前足と後ろ足が酷く不格好だったので、他の醜いものからも笑いものにされ、惨めな思いをしていた。妖精は人間を気の毒に思い、神さまに頼んで人間に「かしこさ」を与えた。  かしこさを与えられた人間は後に「憎しみ」の感情を覚えた。今まで自分たちを酷い目に遭わせてきた他のものたちを次々と殺して食ってしまった。妖精はこれを見て酷く悲しみ、真っ赤な珠のように美しい「殻」に閉じこもってしまった。神さまは人間たちに激しい怒りを覚え、半分もの人間を炎で灰にしてしまった。灰は深い湖に巨大な「陸」をつくり、後にそこには苔がむすようになった。    さて、神さまの恐ろしさを知った人間たちは自分たちのしでかしたことについて深く反省し、神さまからの許しを受けた。しばらくして人間たちは神さまが精気の塊の上につくった「楽園」に上げられ、幸せに暮らし始めた。  しかし、とある時、人間たちは仲間同士でつまらない争いを始めた。争いはとても大きく、他の楽園の住人たちからも死者が出た。神さまは人間たちに呆れ、男と女の二人だけを残して他の人間たちを殺してしまい、その男と女から「かしこさ」を奪ってしまった。後にその二人はアダムとイヴという名前を与えられることとなる。  ところで、「殻」に閉じこもってしまったあの妖精は、楽園に根を張った、美しいものの一つの「木」の「枝」に恭しく置かれていたそうな。  
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