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「うむ。頭が高いぞ」
可愛いのに、姫とだけあって口調も態度もご立派です。とりあえず頭を垂れることにする。
「はぁ」
桃姫とはすぐに仲良くなれそう。不意に、もう一人の方の視線に気づく。
「矢丞さん、って呼んでいいですか?」
横目が私を捉えた。その長いまつ毛が伏せられ、私はやはりこの人は嫌な人、じゃないと思った。その口から出るのは、優しさを隠した、突っぱねるような言葉だと分かるから。
「好きにしなー」
矢丞さんの背からは、優しさが溢れている。私にはそう、見えた。
やむなくして、手網を握ることになった私は、桃姫の肩に触れないよう気をつけながら馬を進めていた。
高貴なお方とは予想していたけれど、まさかお姫様だったなんて。そして今、私は姫様を乗せて人生初の馬を操っている。操っているであっているのかすら分からない。
ただ、コツは掴めてきた。疾走するまでいかなくとも、早足で嵐から遠ざかることはできる。
その安堵を踏みにじるかのように、手網をひく手に、一粒の雫が舞い降りた。
「あ、雨…どうしましょう!もうすぐそこまで来てるんじゃ」
「良いではないか。滅多にお目にかかれない稀代だぞ、逃げる意味が分からんな」
「大丈夫っすよ。これは風に吹かれた雨粒。雷鳴も聞こえない、まだ遠いなこりゃ」
焦りを見せる私をおいて、馬に乗る桃姫は優雅に、忍者のごとく疾走する矢丞さんは呑気に各々のもつ流れを一切乱す様子がない。いや、ただ単に自由なだけかもしれない。
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