19人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
「猫、こやつを誑かすでないぞ」
「そりゃ命令ですか、姫さん」
「命令だ!馬鹿者め!」
バシッと渇いた音が破裂すると、矢丞さんは肩を押さえて項垂れてしまった。桃姫の殴拳は受けないのが得策のようです。
仕方なく、桃姫の残した焼き魚を平らげると、サッ…と襖が開かれ、木漏れ日がさす。侍女が頭を上げると、眩しさから解放される。
「姫様。お琴の時間でございます。お支度をお願いします」
「もうそんな時間か?日程の組み方を間違えてはないか?」
「いいえ、姫様。予定通りにございます。その後には江西様との会合を控えております。詰まるところ申し訳ありませんが何卒ご理解を」
床に額があたるまで下げる様に、桃姫は肩を落として眉を下げた。徐に立ち上がると、疲れた目を私に流して言う。
「仕方あるまい、行ってくる」
「はい」
私は、こう答えるしかなかった。
彼女が自室を後にし、食器を片付ける中で、一人、呟く。
「どこも姫というのは大変なものですね」
きっと、その消え入りそうな声は、お腹を満足気にさする矢丞さんには聞こえていないだろう。
最初のコメントを投稿しよう!