19人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
桃姫は不機嫌な色を一切隠さず私を見上げている。だけど、それは私に対して怒っているものじゃないと、すぐに分かった。
彼女には似つかわしくない声音で、弱々しく本音を零すから。
「私は何をやってもだめなのだ」
傷ついた心は、目ほどわかりやすい。それに、そんなこと、桃姫には言わないでほしい。私は、暑くなる目尻と胸をそっと撫で下ろし、真っ直ぐ彼女を見据える。
「あの、私にお付き合いしてくれませんか」
つまり、稽古は放ったらかしという意味。彼女は意外にも眉根をさげて戸惑った。
「いやしかし…」
だけど、そんなの関係ない。傷ついておきながら、強がる必要なんてないのだから。
私は彼女の両手をとり、優しく握った。そして、わざと大きな声でこう言う。
「もう抜け出しちゃってるんですから平気ですよ!ね!」
有無を言わせないよう詰め寄ると、桃姫は目を丸くし、吹っ切れたようにクスッと笑った。私はそれを合意と受け取り、逸る足取りで屋敷を抜け出した。
初めて馬に乗った時のように、桃姫を前にして、手綱は私が握った。流暢に馬を走らせる姿を見て、桃姫が感嘆を上げる。
「随分馬に慣れたものだな」
「はい。今はとても楽しいです」
「してどこへ向かっているのだ」
私は桃姫を連れ出し、あるところに向かっていた。桃姫だからこそ、連れて行けるところへ。
最初のコメントを投稿しよう!