外の世界の姫

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 ふと、まつ毛を伏せ、沸騰する心をおさめる。ここでの趣旨はあくまで桃姫の心の内を知ってもらうことで、私との対立ではない。これ以上睨んではいけない、そう自分に言い聞かせるように胸元にある首飾りを押さえつける。  熱が引いていく私を見た有津乃中宮が、何か一言こぼそうとした。けれど、 「どしたの、こんなところで」  この場に似つかわしくない声色が人々の視線を攫い、あらゆる声を宥めた。  侍女の一人はすっかり汐らしくなり、あざけ笑う顔つきを捨て去り、弁明のため口を開く。 「あ…猫様…これは…」 「行くぞ、漆猫」  その様子に嫌気がさしたのか、桃姫が続きを待たず私の手を引いた。  これじゃ、私達が彼女達に何か嫌なことを言っていた、言い争いの元凶、悪者になってしまう。けれど、彼女はもうこの場にいたくないのだろう。私は今になって目頭が熱くなり、自分の言動に胸がぎゅっと掴まれ、動きが固くなる。その中でも、せめてもの償いとして、有津乃中宮に、矢丞さんにお辞儀をしてその場を去った。  残された面々は緊迫とした空気から解放されたからか、安堵のため息を口々にする。場の空気を変えた当の本人はさも気にする素振りを見せず、元々用事のあった有津乃中宮に一枚の紙切れを差し出す。 「有津乃中宮殿、これを」  敵意も殺意も消え失せた彼女は雅な動作でそれを受け取り、文面に目を通すと鼻で笑う。 「脅迫状?お暇な事。姫様には伝えませぬよう」 「心当たりはあるんすか」 「存じませんね。ただ、翌年には大事な儀式を控えております。それが都合の悪い連中ということだけは明白でしょう」 「なら俺は街の様子でもみてきますかねー。近頃物騒ですから」  と言いながら、気だるげに彼は有津乃中宮に背を向けた。その背に、有津乃中宮は期待と私欲を混ぜた眼差しを送っていた。 「頼みましたよ。貴方だけが頼りです、猫沖家ご当主様」  闇夜に消え入る声とは裏腹に、欲望に満ちた瞳はあざけ笑うかのように欠けた月を見上げている。それを拒むかのように、月に靄がかかった。
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