漆猫という人間

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「君は?」  よくもまぁ話しかけるなという雰囲気を受けながら声をかけたものだ。と、ここは何か適当に答えておこう。早く釈放されたいのだ。 「…氏がない旅の者」 「ふーん。どこから来たの」 「南の方から」 「匂うね」 「お風呂入ってないからですかね」 「入りなよ」 「そうですね、今から入ってきます」  くるっと踵を返し、すかさず老人を盾にしようとすると、肩を叩かれた。なにに!?と気になり振り返ると、どうやら扇子でだったらしい。触れたくもないのに引き止めるなんてこの男は…! 「ちょっと待ちなよ。そういう意味の匂うじゃないんだけど。まさか風呂にも入らない女がいるなんてね」  不穏な空気が漂っていることは、両者の目付き態度からして明白。老人が首を傾げるのも無理はない。 「七楽殿、この子がどうかなさいましたか?」  子って。確かに老人様から見たらひよっこだけど。むーっと頬を膨らませていると、七楽と呼ばれた青年は急に誇らしげに語り始めた。 「俺はあやかし退治のめいを承っている。七楽(ならく)飛鷹(ひよう)だ。ここで君を逃すことは出来ない」  ぷちっ。私の中で汐らしいものが千切れる音がした。そして、そこからは老人様の介入を許さない言い合いが始まったのだ。
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