舞われ始めた風車の如く

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「やっぱなー」 「いや、違うんです、これは、その」 「えーでも、あの高さから落ちて生きてんのやばいっしょ」 「運が良かったんです」 「そういうことにしておいてやんよ」  私たちは確かに奈落の底、霧で見えなかった崖下に落ちてしまった。けれど地面すれすれの所で、まるで何枚にも重ねられた座布団のような弾力とも思える上昇気流に持ち上げられ、無傷である。 「じゃ、近道もできたことだし、行きますか」  十中八九あやかしの仕業…というかおかげで生き延びたことに、この人は寸分も驚いていない。  あれ?  もしかして、分かってたの?あの霧の中で地理を把握して、私が八百比丘尼族と分かってて、だからってあんな無謀な事…。  有り得ない、腑に落ちないとふてぶてしく男の人を注視してると、落ちてきた崖とは別方向から音がした。何かが舞い降りてきた、そんな気配に視線を滑らせると同時に、腕を取られる。  力強く引き寄せられ、こつんと頭に胸板があたる。物凄い至近距離に慌てて押し返すも、その人の胸板は堅くびくともしない。と、見上げたその人の視線がどこかを射止めていたことに気づく。刹那、 「何のつもりだ、人間」  低く、怒りを顕にしたその声に、私は弾かれるように吸い寄せられ、一人のあやかしの存在を認めた。  黒髪に、真紅の瞳、肩の鎧につけた獣の毛並み、千切れが目立つ黒装束に。そしてその背からは雄大に広がる漆黒の翼が生えていた。その姿はまさに、天狗のあやかし。
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