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「あ"あ!?おい待ててめぇ!!」
次の瞬間、私は体を強ばらせ、息を止めてしまった。天狗が右手を払う時、それは即ち、風切りを起こす前動作。何かしてくるのは確か、だけどあやかしの力の前でただの人の身では為すすべなんか、
「っっっ」
そう思っていた矢先に、轟音が鳴り響いた。いや、これはどことなく渇いた破裂音。なんの、音?
視線を男の人へ滑らせると、
「え」
手に持った銃口から煙がたちこめ、天狗の頬はいつの間にか切れていた。
「次はそのご自慢な羽を撃ち抜くからなー」
「て、てんめぇ…!」
銃なんて、初めて見た。けど、剣幕な空気はよくない。私は男の人の腕に手をかけ、銃口を下げさせようとする。
「撃っちゃだめ!」
ばちり。琥珀色の瞳が私を静かに射抜いている。その目は獲物を狩る色から急変、淀みのないものへと写り変わった。
「あったりまえじゃないっすかー。殺傷なんてめんどくさいからなー」
「ぇえ?」
声色まで元通りになり、何がなにやらで困惑する私を余所に、男の人は手を取って走り出した。
「てめぇ!そいつをたぶらかそうってんなら生かしておかねーぞ!おい聞いてんのか!」
聞いてないと思います。振り返った時には既に、霧の濃さで天狗の姿は見えなくなっていた。まるで、桃源郷に取り残されてしまったかのように。
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