舞われ始めた風車の如く

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舞われ始めた風車の如く

 十七の私は、世間をよく分かっていなかった。ただ、生き長らえるために模索していて、外の世界で起きている理不尽さに気づけずにいた。  旅立ちの日は生憎の曇天となってしまった。けれど、雨が降る様子はない。行く宛もない。  私は生まれながらにして長くは生きられない、短命な一族、八百比丘尼(やおびくに)族だ。十八を終えると何故か命を絶つのだという。  私は今、十七の秋を息している。残り僅かな命と、親族にはよく言われたものだ。  けれど、生きるために、姿形も、記憶すら変えてまであやかしと契りを交わしたいとは思わない。八百比丘尼族は生き長らえるためにあやかしと契りを交わす習わしがある。私はそれに抗って村を飛び出した。  まだ暑苦しさを残した生風に吹かれ、長い黒髪を一つに緩く縛った組紐が煌めいた。旅など初めてのことで、とりあえず動きやすい格好として濃紺の衣に白袴を身につけた。  大変なことに、村から出たことはないため、村以外の文化を知らない。だから、この格好はいいのか悪いのか、とは言ったものの、まだ誰にも出くわしてないのでなんとも言えず、胸のざわつきは消えない。  村を出るのは簡単。けれど情報を集める人里にたどり着くまでが至難の業。そもそもこの霧を抜けることすらままならないのだ。 ひたすら足袋を踏みしめるだけの単調な動作にため息がこぼれる。 「なんでこんな殺風景なのかな」  足には自信があった。それでも足取りをおぼつかせる景色に、時間の流れと疲労が相反して感じられた。  駆け抜けることは好きなのに、これじゃ闇雲に突っ走ることができない。そうなれば時間と疲労は無駄に浪費してしまう。心までもが廃れてしまいそうになる。  ついにその足は止まった。何もない、足元の草木が目視できる程度の殺風景なところで。  ふと、首元に重みがかかる。ズシッとではなく、ひょいっと乗っかってきた感じ。 毛並みの良い、狸だ。 「こんな所でも会うなんてね。こんな所、だからなのかも」  ただの狸じゃないことくらい、すぐに分かる。化け狸の特徴は体より大きな尻尾に、丸くつぶらな瞳が銀色に光っていること。模様はある程度個を持っていても、そこだけは変わらない。それに、野生の狸の毛並みはがさついている。化けるだけあって狸でも毛並みは気にしてるのだ。 「漆姫、契りの相手を探しに来たの?」  化け狸が平然と話しかけてくる。私は人間で君はあやかしでしょ、と瞳に訴えかけ、肩から払う。 「この霧は妖気が原因だったりして」  そうなればここに化け狸がいることも、言ってることにも納得がいく。  本来八百比丘尼族は十三の年を迎えると契りの相手を探しに、それか見初められてあやかしと結ばれる。  正直言うと十七で未だ相手も決まっていないなんて前代未聞と罵倒され、耐えられなくなって村を出たようなもの。  あやかしと人間の契りは、そんななまっちょろいものじゃないんだから。受け入れも甘くない。  私は化け狸から逃げるように駆け出す。  狸は群れで動くのだから、いつまでもここにいるのは危険。ある意味で。  と、不意に空気が変わった。思わず駆けるのをやめた足首に、何かが絡みついた…!
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