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外の世界の姫
桃姫の邸宅は、私が住んでいた屋敷とは違い、平べったい屋根が軒連ねてて、全ての部屋が繋がっていた。渡り廊下というものは存在しないらしく、囲うように濡れ縁が配置されている。
部屋を跨いで跨いで漸く、先導者の足が止まった。
「ここがお主の部屋だ。良いだろう?」
抜けてきた部屋の一室には、褥が引いてあるだけの簡易な部屋づくりだった。隣室に誰が住んでいるのかも分からない、ひどく落ち着かない場所。
初めてだらけの事に目を丸くしていたけれど、姫様のご好意には答えるべきだ。
「はい。ありがとうございます」
深々と頭をたれ、気持ちを入れ替える。今日からここを拠点として、私の旅の意味を見出していくんだ。
「何かあればこやつを頼るといい。よいな、猫」
「はいよー」
後ろを付いていた矢丞さんののんびりとした声に、若干の不安を煽られるものの、恵まれた旅路には感謝をしなくては。
さほど荷物もないので腰に巻いていた小道具やらだけ下ろした。そこで襖と思しき場所がすっ…と開かれた。
あ、そこ空くのね。濡れ縁で深々とお辞儀をする侍女と思われる黒髪の女性が淑やかな声を発する。
「姫様。湯浴みを。ささ」
差し伸べられた手のひらに、桃姫は迷うことなく掴まり、肩越しに振り返る。
「うむ。では明日な」
「はい」
その顔色が、憂いと諦めと、様々なものにかき混ぜられたとも知らず、私はその日、桃姫を見送った。
郷に入っては郷に従え。誰かが私に叩き込んだ教えだ。外の世界でも、私のわがままは通用しない。物事を上手く進めるにはまず、自分をさらけ出してはいけない。私はただ、頷くのみだ。
腰が痛くなりそうなくらい、その褥は薄っぺらかった。今日はもふもふなあやかし達も寄ってこないからか余計に節々が痛む。そのせいか、早めに起きた、と思っていたのに。
「漆猫ー!朝餉を一緒にとらないか!な!な!そうしよう!」
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